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2005.09.21(水)

半落ち

横山秀夫

本書は、単行本段階でベストセラーになり映画もヒットしたものが文庫化されたものである。

横山氏は、「動機」「陰の季節」という警察小説の連作を読んで、私なりに注目していた作家である。だから、この「半落ち」も単行本段階で購入しようか迷ったのであるが、何故か手が出なかった。多分、私が原作を読む前に映画が大変ヒットしてしまい、主演の寺尾聡氏のポスターや、ヒット曲となった森山直太郎氏の主題歌「さくら」もあって、何か読む前から視聴覚的に一定のイメージを強制されてしまい、何となく小説を読む楽しみが最初から一部殺がれた感覚があったからだろう。

私は、原作を読んで面白かったから映画を観てみるということはあるが(例えば桐野夏生氏の「OUT」−日本推理作家協会賞受賞、米エドガー賞候補−はあの凄まじい内容がどう映像化されるのか怖いもの観たさでDVDを借りたが、映画は私自身イマイチ感心しなかった)、その逆の、映画から興味が涌いて活字の原作に手を出すことは滅多にない。例えば主人公はじめ登場人物のイメージが特定の俳優に固定されてしまうからである。それが何の障害にもならない人が殆どなのかもしれないが、私自身は活字から登場人物を自分なりにイメージする楽しみを奪われる気がして、特定の俳優のイメージは邪魔でしかない。

ただ今回は、あの横山氏の本だし文庫化されて手頃になったこともあって購入し、大阪出張の際、帰りの新幹線の中で読了した。

やはり主人公にはあの俳優の寺尾聡氏のイメージが纏わり付いて(キャスティングとしてはピッタリだとは思うが)少々辛かったが、小説としては確かに面白かった。現職警官が妻を殺害しその後の二日間の行動が謎で、その謎で最後まで読者を引っ張り、その過程で、警察内部・検察庁内部・弁護士の生活・裁判官の生活・新聞記者の生活・刑務所の刑務官の生活を描き出す筆致は流石である。特に弁護士については私自身が弁護士だから当然ではあるが、一つには先日「転落弁護士 私はこうして塀の中へ落ちた」(内山哲夫 講談社)という実話を読んだこともあって、中々興味深く読んだ。

ただ不満を言えば、他の登場人物に比べて弁護士と主人公との内面的関わりが余りに薄くて(主人公と直接接しない新聞記者や法檀から被告人を見下ろす裁判官が薄いのは当然として)、主人公と直接接する登場人物の造形としては少々寂しかったという面はある(当然それは弁護士として身びいきの感想である)。

最後に真相が明かされるが、そこに至るまでに様々な伏線を張って謎解きの過程を楽しむというトリッキーなミステリーとは趣が違う(もちろん伏線は張ってあるのだが)。その過程よりは、そこに至るまでに関わる様々な職種の人間と人間模様を重層的に描き分けることで、主人公の姿を浮き上がらせようとした小説であり、それが見事に成功した小説だと思う。


横山秀夫<br />講談社文庫
講談社文庫
590円