読む順序が逆になったが、先日、本欄で採り上げた「ビッグバン宇宙論」の著者のデビュー作である。大分以前に「フェルマーの最終定理」が証明されるに至るまでの歴史と証明者の姿をまとめたイギリスのドキュメンタリー番組をテレビで見た記憶があるのだが(確かNHK)、その番組のプロデューサーが著者だったらしい。書物としては、過去の偉大な数学者が誰も証明できずにいた17世紀の数学者フェルマーの残した定理が、300年近い後の1993年に、アメリカに移住したイギリス人のアンドリュー・ワイズ教授によって証明された歴史を追ったノンフィクションである。
高等数学も殆ど内容に立ち入ることなくわかりやすい比喩で語られているので、その限りで素人でもついていけるし、そして、この証明がどれだけ素晴らしい偉業であるのかある程度予想できる(流石に「わかる」とまでは言えないが)。
「Xn+Yn=Znを満たす3以上の整数nは存在しない」(本来はnという乗数は右肩に書かれるのだが、画面上うまく配置できないのでご了承願いたい。nは乗数のつもりである)。
という定理がフェルマーの最終定理である。フェルマー自身はその証明に成功したとして、数学書の余白に「その証明を書くには余白が狭すぎる」として内容が書かれないまま残されたというのが有名な逸話である。
この証明に至るまでの様々な数学者の素顔と業績(或いは挫折)が語られ、それぞれが大変人間臭い。そして、数学というものに取り憑かれる人間達であるから、普通人と異なり、ま、ある種の変った人達である(私としては特にガロアと谷山教授がそうだと感じた)。凡人は、普通は数に取り憑かれたりはしないが、だからこそ文字通り非凡な業績が残されるのだろう。私も高校までは数学が好きではあったが、数学に一生を架けよう等と考えたことは全くないし、もちろん架けるだけの才能があるという考えは浮かんでさえも来なかった。ただ、証明問題は大好きだったしパズル等は今も好きなので、多分、この感覚を何千倍か何万倍かにしたら数学者と同じメンタリティになるのかも知れない。この様に純粋に知的興味ないし好奇心を満足させるためだけの生活でも、十分に生きていけること自体が羨ましい気はする。もし生まれ変わることが出来たら、学者になりたいものである。
ちなみに、テレビのドキュメンタリーを見たときも「ほぉ〜」と思ったのだが、本書を読むと、この証明には「谷山・志村予想」とか「岩澤理論」とか日本人の数学者の理論が大きな寄与をしているのだそうである。この点を無視ないし過小評価せず十分書き込んである本書は、著者のサイモン・シンがインド人からイギリスに帰化したという事実が関係あるのかどうか(訳者もそう言っている)。そういう読み方も出来なくはない。