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2006.11.03(金)

松坂世代

矢崎良一

西武ライオンズの松坂投手が、大リーグに行くそうである(この文章を書いている今の段階では未だどの球団に行くのか決まっていない)。

本書は、その松坂選手と同年代(具体的には1980年生まれ)で野球に打ち込んだ若者たちの群像(一言で「松坂世代」と括っているが)を描いたルポルタージュである。本書に登場する若者は、松阪選手を擁して甲子園春夏連覇を果たした横浜高校のチームメイト、横浜高校と甲子園で延長17回の死闘を演じたPL学園や、横浜高校を苦しめぬいた明徳義塾の生徒や、同期の甲子園出場者、同じ年だが遠くから松阪を眺めるしかなかった野球少年などであり、松阪選手に対する当時の気持ちや彼ら自身のその後の軌跡を追ったものである。

登場人物の多くは、子供の頃からリトル・リーグやシニア・リーグで頑張り、高校野球で甲子園を目指し、高卒でプロに行く者もあれば、更に大学野球・社会人野球を経てプロに行く者もある。そして、何とかプロになれても二軍から昇格して一軍で活躍できるには更なる努力と能力が必要である。そして、どの段階でも運も必要な様だ。この一連の過程で、どこかで伸び悩み、プロをあきらめ、プロに入るものの契約延長をしてもらえなかったり、更には野球の世界から全然別の世界へ転進し、或いは大リーグのトライアルを受けることで一から始める者までいる。

そして、本書に登場する松坂世代の若者達は、この野球の世界で実に真摯に努力する者たちであり読んでいると何か切なくなって来る。ここまで野球に打ち込めるのは凄いと思うし、そして、打ち込みながらもなお松坂選手に追いつけないもどかしさ等も感じられて、胸が痛い。

終章で語られる松阪選手自身に対しては、著者は必ずしも深くは突っ込んで描いてるわけではないが、「松阪世代」については、著者は、読みようによっては冷酷とも言える総括をする。

「和田毅も木佐貫洋も久保裕也も、高校時代に松阪とはまったく接点がなかった。だから、いくら大学で活躍しても、(既にプロで活躍していた)松坂は遠い世界の人間という意識なかなか消えなかった。

 逆に、松阪と強い接点を持った選手は、その後の野球人生で少なからず壁にぶつかり、苦労をしている。たとえば上重や寺本の葛藤。新垣や杉内にしても、決して順調にプロまで辿り着いたわけではない。松阪とは、直接触れ合った者を狂わせ、触れ合うことが出来なかった者にエネルギーを与えるという不思議な存在だった。」

私自身は司法試験を最後にペーパーテストについては頑張った方だろうが、ペーパーテストは頑張れば成果が出せるという面があるのに対して、プロ野球(多分プロスポーツは全て)の選手は頑張りだけではどうしても追いつかない才能の部分が多分にあるらしいことが本書を読むと良くわかる。だからこそ切ない。多分それは人生一般についても敷衍できるものなのだろう。


矢崎良一<br />河出文庫
河出文庫
790円+税