30代で未婚・未出産の女性を「負け犬」と定義した「負け犬の遠吠え」がベストセラーとなり、その著書でエッセイ賞などを受賞された酒井順子氏の文庫エッセイ集である。30代で未婚・未出産の女性を「負け犬」なんて我々は口が裂けても言えないが、タブーとまでは言わないにしても「それを言っちゃあお終いよ」という辺りの事柄を上手く言葉にしてしまって、色々考察されるのが著者の言わば「芸」である。
本書は勿論「奥の細道」にかけた題であろうが、内容は「食」にまつわる様々な事柄を取り上げている。
「つぶ餡とこし餡の内戦」という項では、「つぶ餡が好きかこし餡が好きか」という基準で分けると、世の甘党は「つぶ餡派」と「こし餡派」に分かれ、お互い近親憎悪的な感情を持っているとのことである。私は大酒のみではあるが甘い物も食べるという只の食いしん坊で、この中では「こし餡派」である。確かに子供の頃、「つぶ餡」のおはぎより「こし餡」のおはぎの方が好きだと言って、母の不興を買った(そのとき母が作ってくれたのは「つぶ餡」のおはぎだった)トラウマが甦って笑ってしまった。考えてみれば母も大人気ないが、そこが文字通り「近親憎悪」的とされる所以なのかも知れない。
あるいは「しゃぶしゃぶ」を食べるとき、肉を「ぽん酢」につけて食べるか「ゴマだれ」につけて食べるかでいつも迷ってしまう自分を面白おかしく考察する。
どうでも良いと言えばどうでも良いのだが、この辺りを楽しく読ませる文章の妙は大したものである。丸谷才一氏のエッセイで、日本人なら誰でも日本語の専門家なのだから、誰もが日本語に対し一家言持っているし発言もすべきである、といった様な内容のものがあったと記憶するが、本書も皆が毎日食べている食べ物の話だから、誰もが話題について行ける。いわゆるグルメ的な食のエッセイではなく(実は私はグルメという人種を余り買っていない)、著者が日常のありふれた食にまつわる光景から様々な考察を紡ぎ出すのを読むのは大変楽しい。
そして、本文庫のもう一つの魅力は、実は最後の穂村弘氏の解説である。この様な形の軽妙洒脱な、それでいて確かな解説になっている文章は文庫解説の中でも滅多にお目にかかれないのではないだろうか。一読をお薦めする。
なお、「飲食店の節回し」という項で、色んなお店で注文を受ける際の独特の節回しについて考察されている。これに対しては私にも考えがあるのだが、長くなるので近々私の「日記」の方で書いてみたい。