奇妙な表現だが、これは大変に「気合の入った」本である。そして且つ十分に知的刺激に満ち溢れており、科学啓蒙書としては珍しく早く先が読みたいと頁を繰った。
私は高校の頃、生物という科目が嫌いで(先生は温厚で好感の持てる方だったが)、何でこんな細かいことを覚えなければいけないのかと思っていた。しかし、本書の様な内容であれば、もっと興味を持って勉強できたのではないだろうか。
心臓がどの様に進化してきたか、四肢になる前の魚の鰭(ひれ)、翼になる前肢、必要に迫られる度に在り合わせの器官を変形し組み合わせて新たな器官に進化させる行程の説明は、殆ど私の知らなかったことばかりで、へぇー、そうだったのかと一々感心する。
特に我々人類が直立し二足歩行をするに至り、その過程で骨盤が変形し、背骨がS字型に直立し、前肢である腕が開放されて更に母指対向性(親指が他の指と向き合えること)の獲得によって物を握ることが可能となり、道具の使用が飛躍的に進み、その過程で大脳が驚異的に進化したこと、そして、直立により声帯の微妙な制御が可能となり、その結果、言葉によるコミュニケーションも可能となったこと、等など大変に興味深い。母指対向性やS字型の背骨など一部は確かに既に知ってはいたが、緻密に(もちろん素人にわかる程度に)説明されると、ウーンなるほど、と唸ってしまう。
しかし、ナメクジウオから出発して現段階の人類にまでいたると、著者は人類を進化の傑作とは評価しない。
「…ヒトは、二次世界大戦から冷戦にかけて、ボタン一つで種を完全に滅ぼすだけの核兵器を作り出してしまった。一九世紀以降、ヒトは快適な生活や物質的幸福を求めて、地球環境を不可逆的ともいえるほど破壊してきた。自然を汚染し、温暖化やオゾン層破壊といった、とても局所的とは思われないほどの、破壊的な産業活動を継続してきた。
たかが五〇〇万年で、ここまで自分たちが暮らす土台を揺るがせた“乱暴者”は、やはりヒト科ただ一群である。」
「ヒト科全体を批判するのがためらわれるとしても、明らかにホモ・サピエンスは成功したとは思われない。この二足歩行の動物は、どちらかといえば、化け物の類だ。50キロの身体に1400ccの脳をつなげてしまった哀しいモンスターなのである。」
本書の内容もさることながら、「遺体科学」を唱える著者の「プロの科学者」としての「命がけの姿勢」も感動的である。学者が学問を語る姿の、ある種の上品さとか洗練とは別次元の凄みがある(著者が下品と言っている訳ではない。寧ろ崇高でさえある)。
やはり表現としては「気合の入った本」というしかないだろう。