スティーヴン・キングで真っ先に思い出すのは映画「スタンドバイミー」の原作者ということである。この映画は私は何度見ても泣けるが、実は原作そのものは読んだことがない。もう一つはこれも映画「キャリー」の原作者ということである。この映画のラストは危うく腰を抜かしそうになったくらい強烈な印象で、しかし、これも原作は読んでいない。
いずれにしても作家キングという名前は知っていたのだが、何故キングの作品を読まなかったかというと、書店で見かける本では殆ど「ホラー小説」の大家として紹介されているからである。私は怖がりという点も勿論あるが、血しぶき飛び散るホラー映画も含めてホラー系には全く食指が動かない。態々身銭を切ってあんな気色悪いものを読んだり観たりする気はない。
ところが、本書は書店で何気なく手に取ってみたら、ホラーだけではなく様々なジャンルの短編を集めたものだというので買ってみた。
流石である。うまい。
以下の四編は私の好みでもあるし出来も素晴らしい。
「黒いスーツの男」−これはホラー小説に分類されるのだろうが、この描写は凄い。登場する黒いスーツの男は悪魔であることはハッキリしているのだが、幻想的でなく極めて現実感溢れる描写でゾクゾクする。いわゆるホラーとは違うと思うのだが、ホラー小説は殆ど読んだ事がないので確実ではない。O・ヘンリー賞を受賞したのだそうである。
「愛するものはぜんぶさらいとられる」−アメリカ諸州を渡り歩くセールスマンの哀感が滲み出る。どこの国でも人生後半に差し掛かったくたびれた男は、こんな感じなのだろう。
「ジャック・ハミルトンの死」−有名なギャングのディリンジャーが、仲間の死を最後まで見届けようとする姿を描いたもの。男同士の友情と言ってしまうと何か底の浅いヤクザ映画の様に見えてしまうが(そして実はその匂いもある−ただ計算されたものだと思う)、特に、汚らしい蝿を糸の先につけて飛ばす曲芸を、死に行く仲間に見せる辺りは何か切々と胸を打つ。
「死の部屋にて」−スパイ物に分類しても良いだろうが、もっと膨らませることも出来た様な内容の濃いものである。ただ、ラストが意図的にか省略してあるので、少し残念。尤も、そこを省略せずに書いたら短編では終わらないだろう。
ただ、好みでいうと、残りの2編は、私は好きではない。書名になっている「第四解剖室」は余り感心しなかった。ウケを狙ったかの様な余計なお喋りが多すぎる(或いは、そのお喋りを楽しんで貰おうという書き方なのかも知れないが)。それと本書では一番長い「エルーリアの修道女<暗黒の塔>外伝」はファンタジーなので、私の好みではない。ファンタジーであっても面白いものは確かにあるのだが、これは最後まで読み通すのが苦痛だった。
ただ、この二編も出来が悪いという訳ではない。単に私が好きではないというだけである。
読者それぞれの好みに合うものが、多分一編は見つかるのではないかと思う良い短編集である。