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2008.07.05(土)

頭脳のスタジアム

吉井妙子

プロ野球トップクラス8人の選手の心情吐露部分と独白の解説(特に科学的解説)とが組み合わされたルポである。8人のうち、3人がホークス(現ソフトバンクス選手ないし出身)で、後二人がパリーグということであれば,選手の選考に偏りがあるとの批判は可能だろうが、著者はそんなことは先刻ご承知である。本書の選考基準は、自らのスーパープレイを「一般人にもわかることばで表現できる選手」ということである。

そして、著者が本書を書こうとした動機が、某オーナーの「たかが選手」発言だというのも面白い。著者の後書きでも書いておられたが、プロ野球選手とは「筋肉バカ」なのか。頭を使わずただ球を投げて打って捕っているだけの人間なのか。前述の某オーナーには、その意識が透けて見える。或いは「体育会系」という言葉にも一種の蔑称が潜む。

ところが、実情はとんでもない。彼らは実に緻密に頭を脳を使っている。そのことを繰り返し選手ごとに確認させるのが本書の骨頂である。

私はプロ野球選手を「筋肉バカ」と考えたりする無知とは無縁のつもりだが、それでも本書を読むと驚く。そこまで考えているのか、そんなに考えているのか、という驚きが続いた。

お前が知らなさ過ぎるのさと言われるのかも知れないが、例えば、捕手の城島選手。

「例えば斉藤和巳が先発で、10−2で勝っていたとする。そしたら和巳に言いますよ。『和巳、明日の先発は新垣渚だから、このコースを攻めたら打たれるのは分っているけど、相手を惑わすために打たれておいてくれ』って」そういうことをシーズン中に度々要求しますね。…そういうときには前もって監督に断りを入れます。『次はホームランを打たれるかもしれませんが、明日のためにこのコースを投げさせたいので、すいませんが和巳の査定からは外してやってください』って。」投手のチームでの位置づけ、その試合での出来と点差、翌日の試合の先発投手の癖、その他もろもろを考慮して、明日の試合のために相手チームを幻惑しようと敢えて打たれるコースにも投げておく。城島捕手の章の標題は「一球たりとも根拠のないサインは出さない」であるが、本当に感心してしまった。

各選手が共通してあげるのは、周到な準備である。試合だから何が起きるかわからない。だから何が起きても困らないように(それでも予想外のことが起きる)準備に準備をし抜く。そして、常に試合のイメージを繰り返す。これらは我々一般人も参考にすべきであろう。


吉井妙子<br />講談社文庫
講談社文庫
590円+税