第一次世界大戦で中立を守っていたアメリカを参戦に追い込んだ、ドイツの暗号電報を巡る歴史書であるが、無味乾燥な歴史の記述ではなく、当時のウィルソン米大統領を筆頭に実在の歴史的人物も無名の諜報員も実に生き生きと描写されており、大変興味深い。
しかし、人物描写もさることながら、やはり本書の面白さは副題にもなっている暗号電報の利用のされ方であろう。当時のイギリス海軍諜報部が、当時のドイツ外相ツィンメルマンが発した暗号電報の傍受と解読に成功する。そして、その解読内容は、謬着状態で困難な局面にありアメリカの参戦なくして勝利を得られないと確信するイギリスにとって、アメリカを味方に引き入れ参戦させる強力な道具となるものであった。しかし、イギリスがドイツの暗号電報を解読できていると知られてはならないし、イギリスが電報内容をアメリカに提供したことも知られてはならない。この辺りをどうするか、というのはイギリス情報部、特に部長のホール提督という稀有な能力の持ち主の判断に負うところが大きい。この功績でホール提督は、ナイトの称号を与えられたということである。
この暗号電報は、原著書名である「ツィンメルマン電報」と呼ばれるのであるが、この電報の重要性を明らかにするために、実に詳細な当時の政治情勢・軍事情勢が語られる(第一次世界大戦では連合国側であり形上ドイツとは敵国であった日本も重要な位置づけで登場する)。しかし、上述のとおり人物描写も生き生きとしているので、退屈な歴史教科書ではない。
これを現代に置き換えたらどうなるか、という思考実験をしてみるのは大切なことだろう。
長い段落が多く登場人物が多いので、決して読みやすくはないが、大変おもしろく且つ勉強になる著書である。