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福岡市弁護士甲能ホームメディア評インデックス情と理 カミソリ後藤田回顧録(上)(下)

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2006.09.22(金)

情と理 カミソリ後藤田回顧録(上)(下)

後藤田正晴 御厨貴監修

正直なところ後藤田正晴氏のイメージは良くなかった。警察庁長官という軍隊と並ぶ国家の暴力装置のトップを務めて学生運動を「弾圧」し、退任後は田中内閣に仕え、その後、三木派議員追い落としのための参院選に出馬して金権選挙を展開して落選し、後に衆議院から出て以後連続当選し、副総理にまでなり、更に総理総裁を期待された(ご本人が固辞)、という経歴で、「カミソリ後藤田」という徒名からしてゴリゴリの強権官僚、強権政治家というイメージだった。

ところが、具体的には思い出せないのだが、おや意外とこの人はハト派なのではないか思った発言が何かのときにあった。そして、その後、初代内閣情報室長の佐々淳行氏の警視庁時代の上司としての姿を、佐々氏の著書(「東大落城」「連合赤軍あさま山荘事件」いずれも文春文庫)で読んで、おりょりょこの人に対して持っていたイメージがかなり皮相なものなのではないかと考え出すに至った。そして、本書評欄でも採り上げた「リベラルからの反撃」でのインタビューを読んで、特にその感を強くした。で、一度この人に関する本を何か読んでみようと思っていたところに、期待にドンピシャはまった文庫が出て、勇んで手にしたのが本書である。

監修者の御厨貴東大教授が「オーラル・ヒストリー」という手法で、後藤田氏にインタビューを重ねて、後藤田氏が語るというスタイルである。

身も蓋もない言い方になるが、大変に面白い。トップまで登りつめる官僚時代も、その経歴からして最初から重きをなす政治家時代も、それぞれの面白さがある。ふーん、戦前の内務官僚とはこんなことを考えていたのか、警察組織とはこんな風潮なのか、政治家はこんなやり取りをしているのか、私も覚えている自民党の色んな派閥抗争はこういう背景だったのか、田中角栄氏は中曽根康弘氏はこんな面を持っていたのか、など等である。御厨教授も前書きで書いておられるが、いわゆる裏面史ではなく極めて真っ当に役人・政治家としての識見に基づいて正面から語られており、後藤田氏ご本人の配慮がよくわかる。多分、語られていない裏面が未だゝあるのであろうが、語られている内容だけでもいわゆる建前論的ではないので、十分読む価値はあり且つ面白い。

ご自分を「自民党内のリベラル、中道左派」と規定しておられるが、閣僚時代を通じての判断基準・行動基準は、「現行憲法の枠内か」という当然といえば当然の基準であり、且つ「ショートカットは許さない」という安易さの排除という面で、大変筋の通った方だったのだろうと思う。

現在、出資法改正の利息に特例を認めるという行き方に抗議して後藤田正純議員が委員を辞職しているが、後藤田正晴氏の甥くらいの血縁にあたるのだったか、血というものかなと思っている(尤も、私は二世議員や親族が政治家の後を継ぐのは止めるべきだ思っているが)。


後藤田正晴 御厨貴監修<br />講談社+α文庫
後藤田正晴 御厨貴監修<br />講談社+α文庫
講談社+α文庫
各838円+税