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2006.10.05(木)

反西洋思想

I・ブルマ&A・マルガリート 堀田江里[訳]

本書の原題は「OCCIDENTALISM(オクシデンタリズム)」であり、直訳すれば「西洋観」とでもなろうか。ただ、それでは本書の主意を日本人読者に伝えることにはならないので、「反西洋思想」という邦書名が付けられたのだろう。妥当な命名と思う。

原題からしておわかりのように、本書は本書評欄でも採り上げた故サイード氏の「オリエンタリズム」を意識した書物ということになるが、サイード的オリエンタリズムに対する反論ではなく、寧ろサイード的に西洋以外の地域に存在する「西洋観」の極端な思想を分析したらどうなるか、という内容なのである。特に著者のマルガリート氏は現在のイスラエル生まれでヘブライ大学の教授だそうで、パレスチナ人のサイード氏と対極の位置にあるが、感情的な反論にはなっていない。

極めて粗雑に要約すると、「西洋起源の物質文明が、自国ないし自民族・自宗教の精神性や伝統を侵し堕落させた」というのが、反西洋思想の基本的認識と読めた。例として挙げられる地域が、イスラム教信奉の世界は当然として、更に第二次大戦前の日本であり、地理的に西洋の外れになるロシアであり、アジアでもインドであり中国であり、という内容である。そして、面白いのがその様な反西洋思想の源流が西洋そのもの即ちドイツにある、という指摘である。ドイツは西洋そのものというより、西欧・東欧の中間に位置するという特殊性から、英仏の典型的西欧思想に対するアンチテーゼを生み出しており、それが非西欧世界の人達に受容され発展させられ遂には反西洋思想に結実した、ということである。故サイード氏の「オリエンタリズム」では、ドイツは分析の対象になっていなかった。そのことに対する弁明は「オリエンタリズム」の序章部分に長いが、出版後そのことに対してやはり批判があったそうで、そうだとすれば、サイード著「オリエンタリズム」から抜け落ちていたドイツ思想と、本書が提示するドイツ起源の「反西洋思想」の分析の対照には、中々面白いものがある。

本書の分析は確かに成る程とは思うが、本書の意義を考えるときに、本書が9・11同時多発テロに触発されて書かれたという事実は考慮に入れざるを得ない。「敵を知り味方を知れば百戦危うからず」であり、だから、どうして欧米は嫌われるのか、どうして反米思想が蔓延するのか、その理由の一端を明らかにするのが本書だと思うが、アメリカの権力者達は、本書の様な分析をしているのだろうか。分析していないでアフガニスタン・イラクへの攻撃に出たのであれば無能ないし怠慢、分析した上で攻撃に出たのであればやはり無能ないし傲慢ということになるだろう。

現代日本人は子供の頃から文化的にアメリカを受容しているが(私もハリウッド映画を楽しむ−アメリカ政府と尻尾を振る日本政府は大嫌いだが)、その受容が世界的にみて必ずしも文字通りのグローバルスタンダードではないということを思い知る必要があり、本書は西欧世界からその点を分析した点で注目に値する本だと思う。


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