正直、少年Aについて書かれた前半部分は辛い。
当時「性的サディズム」という言葉だけが週刊誌報道などで独り歩きした経過が、担当裁判官であった著者の本意ではなかったことが良くわかる。しかし少年Aの立場に身を置くとき、ここまで内面を書かれるのに耐えられるかという気がする一方で、心無いマスコミの好餌となってしまった少年Aを誤解の淵から救い出すにはここまで書く必要があったのだろうとも思う。被害者とご遺族への配慮も怠ってはおられないが、多分この様な事件で被害者・加害者・社会(世間の目)の間で「正しいスタンス」を見極めるのは大変に難しいと考えざるを得ない。いずれにしても、裁判官の仕事に生きがいを感じて信念を持って取り組んだ裁判官が、全身全霊を傾けて事件と格闘した記録として、法律家という立場を離れても十分感銘深いものがある。興味本位のマスコミ情報しか知らない方々には是非読んでもらいたいと思う。
私も少年事件の付添い人をするが、著者が書かれてある事例は、私の経験からしても、そういうこともあるだろうなぁと思う。ただ、私が少年と面談してその間は笑いが出ることはあるが、著者が書かれた様な審判の場に至って大笑いになったという事例は、私自身は体験したことはない。少年や親が泣き出す例は多いが。多分、審判官(裁判官)の資質の違いだろう。
なお、著者が福岡家裁におられた頃お目にかかったことがある。確か私が司法修習生だったと思うが、三庁対抗ソフトボール(裁判所・検察庁・弁護士会の親睦ソフトボール大会)か裁判所内のソフトボール大会かで、私が塁に出たとき著者の井垣判事がその塁の守備についておられ、何か会話を交わした記憶がある。もちろん著者は覚えておられまい。何故私の方で記憶に残っているかというと、大学の先輩に当たるということとその後弁護士として関わる家裁調停で、同席調停方式が唱えられ実践されていることを知り「あぁ、あの時の井垣裁判官か」ということで記憶に留めていたからである。その後も、この少年Aの事件、更に喉頭ガンの手術後の姿を映したNHKテレビのドキュメンタリーも拝見したりした。何故か記憶に残る方である。