例によって私の好きなスパイ小説である。
アメリカのスパイ小説でCIAの情報部員が主人公になるときは、大抵、何らかの理由でCIAを追われたか自らCIAを辞めたかしてCIAから離れていたのが、その有能さの故に呼び戻されて任務に当たるというパターンが多い。イギリスのジェイムズ・ボンドがMI6のエリートであるのと対照的で、CIAの現役エリートが主人公というパターンには余りお目にかからない。過去のトラウマのせいで、アメリカ国内ではCIAは相当嫌われているらしい。
本書もCIAを追われた主人公が請われて任務に就くのだが、本書では更に主人公が大統領補佐官と敵対する。この大統領補佐官が雇った暗殺集団とヒーローとヒロインの追いつ追われつの追跡劇が展開する。近年のジェットコースター・ムービーとまでは言わないにしても追跡劇がテンポよく進み、映画の予告編風に言えばアクション満載である。まぁ面白いと言えば面白いのだが、ジョン・ル・カレ辺りのイギリスのスパイ小説の重厚さとは無縁である。特にラスト近くになって来ると、ジェット機が民家上空すれすれを爆進する辺りハリウッド製アクション映画並みであり(シュワルツネッガーかスタローンが出てきそう)、多分に映像化を意識しているのではないかと感じる。
ただアメリカのスパイ小説に出てくる主人公は、その愛国心に一点の曇りもない。悪いのは国家機関ないしその構成員ということで、国そのものに対する懐疑ないし葛藤の様なものを主人公が抱くということは殆ど読んだことがない。かつての冷戦時代のスパイ小説では、敵のKGBスパイが自らの属するソビエト連邦ロシアに懐疑を抱くのに照応して、主人公が祖国イギリスに懐疑を抱くよう描かれることはあったと思うが(具体的な作品は思い出せない)、この作品にはそういう形の葛藤はまるでないため、何というか少々底の浅い感じは否めない。私的な葛藤や後悔は描かれるが。尤もアメリカのスパイ小説にそういうものを求めるのは無い物ねだりだろう。
エンターテイメントとして読む限りでは十分楽しめる小説である。