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2006.01.09(月)

神の手

パトリシア・コーンウェル 相原真理子訳

ご存知の方も多いと思うが、この本はケイ・スカーペッタという名前の法医学の権威にして検屍官であるドクター・スカーペッタを主人公とするシリーズ。当初の第一作から巻き込まれて新作が発表される度につい買ってしまう。今回で14作目だそうである。ファンとしてはそんなになったかなという思いがする。

主人公スカーペッタは、いわゆるバリバリのキャリアウーマンで医師にして弁護士、そして当初はバージニア州検屍局長という立場で物語に登場する(シリーズのかなり後の方で退職するが)。

女性であるが故に受ける圧力とも闘いながら、見事に凶悪犯を逮捕するというお決まりのパターンではあるが、このシリーズの大きな魅力の一つが、最新の科学的捜査方法を駆使して犯人を割り出す過程のリアルさにある。検屍官という仕事は、死体を検査することによって死亡原因や死亡時刻、凶器など犯罪捜査に必要な情報を割り出し記録することなのだが、その過程をコンピュータとそのネットワークを含む最新科学機器を駆使して、遺体についている微小な証拠などから事実を推測していく過程は中々にスリリングで面白い。更に日本でも聞き慣れた言葉になりつつあるプロファイリングで犯人像を推測する(ここら辺り、ある意味で科学的捜査技術の先進性を示すことで同時にアメリカが犯罪先進国であることを示すことにもなっているのだが、本来なら余り名誉なこととも言えまい)。

もう一つの魅力は、当然、登場人物である。

ただ、私は主人公ドクター・スカーペッタには余り魅力は感じない。確かに色々な困難に遭遇したり恋に悩んだりはするが、それでも余りに優等生過ぎる気がするからである。頭脳明晰・容姿端麗(どうしても美人の著者の写真と重なる)という点では同じだが、スカーペッタの姪のルーシーの方が未だ人格に欠陥がある分(と断言するとファンから異議が出るかも知れないが)、近しい気がして魅力を感じる。

しかし、私が一番お気に入りの登場人物はピート・マリーノという捜査官である。言葉遣いや態度からは知性が感じられず野卑・下品なマッチョマンだが、スカーペッタを助けて捜査官としては一流だという設定である。そしてここからが悲しいのだが、この我がマリーノはスカーペッタに想いを寄せていながら自らはとても釣り合わないという自覚があり(マリーノはスカーペッタのことを「先生」−多分原語ではDoctor−と呼ぶ)、しかもスカーペッタにはベントンというこちらも頭脳明晰・容姿端麗な恋人がいるという破壊困難な壁に阻まれてもいる(だから私はベントンが余り好きではない)。我がマリーノ警部は実らぬ恋に悶々とせざるを得ず、スカーペッタやルーシーに憎まれ口を叩き、離婚したり自分と釣り合いそうな女と仲良くなったりはするが、一方でスカーペッタへの思慕は断ち切れないという形になっている。こう書くとありきたりのメロドラマの様な設定だが、エンターテイメントとしてはそれで十分。ストーリー展開を楽しむと同時に我がマリーノ警部(本書では既に警察官ではなくなっているが)の切なさに同情しながら、このシリーズを読んでいる。

ただ、このシリーズも作品によってはイマイチだなぁと思うことがあるし、死んだ筈の登場人物が後の小説では生き返ったり(正確には実は死んでいなかったということになるのだが)、ご都合主義が感じられることもあるにはある。しかし、今回の「神の手」は当初の勢いが戻ってきたかな等と生意気な感想を書くことにする。もちろんミステリーだから結末は書かない。

シリーズを読んで来た人でなくても、それなりに楽しめると思う。もし読んだことがない方なら少なくとも第一作の「検屍官」は間違いなくお薦め。


パトリシア・コーンウェル 相原真理子訳<br />講談社文庫(上)(下)二巻本
講談社文庫(上)(下)二巻本
各714円+税