欧米と中国に比べてみた場合、中東ないしイスラム世界のことは良く知らない。欧米の文学作品を読んだり欧米の映画を観れば、キリスト教の世界は聖書を読んでいなくても何となくわかるが、これがイスラム教になると小説はまるで読んだことはない中東の映画は僅かに観た記憶があるが、いすれにしてもイスラムの教えコーランについても全く知らない。酒は飲んではいけない豚肉を食べてはいけない女性はたとえ半袖でも肌を露出してはいけないといった幼稚な知識しかなく、従って、国際情勢を報ずるマスコミで「イスラム原理主義」なる言葉が出てきても、全く無知というのが正直なところである。
で、本書である。手ごろなイスラム世界入門書かと思って手にした。
まぁ手ごろといえば手ごろではあるが、標題通り人物本位なので、どちらかといえば「イスラム世界」を垣間見るという程度である。「第1章 イスラムの栄光を取り戻す君主たち」「第2章 植民地からの解放を目指した男たち」「第3章 民衆を忘れた国王たち」「第4章 革命家たちの夢」「第5章 イスラムの新しい解釈者たち」「第6章 反米・親米の指導者たち」という章立てで、16人の人物像が故人も現役も含めて語られる。
人物が属する組織や時代背景・歴史が必ずしも詳細ではないため(尤もそれを説明すれば新書ではすまないだろうが)、少々わかりにくいのが正直なところである。せめて巻末に年表や地図くらいは付けて欲しかった気がする。
ただ、革命で国を追われて遂に亡くなった君主の話や、アラブ民族主義とイスラム原理主義とが異なる概念であること、米ソの冷戦時代におけるアラブ諸国の立ち位置など、それなりに勉強になる。また、私の学んだ日本の法学は、戦前はドイツに範をとり戦後はアメリカに範をとり、いずれにしても法と宗教は別物としているのだが、イスラム世界ではそうとは限らず、その様に世俗のことは政治家に任せるようにということを実践した本書の登場人物は必ずしもイスラム世界では評価されていないようである。我々が金科玉条としている「基本的人権」という概念とは別のイスラムの「社会正義」があるらしい。貧者・被抑圧者を救済するという理念は共通するが、いわゆる欧米型の福祉主義とも違う。中々理解が難しい。
唯一本書の登場人物で共通するのは、強弱の差はあれ「反イスラエル」である(戦術的に軟化してみせたりする人物もいるが)。アラブ世界とイスラム世界はイコールではないものの、アラブ対イスラエルという構図は、やはり中東のイスラム世界を理解する枠組みとしては強固なものがある。