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2007.07.25(水)

生物と無生物の間

福岡伸一

これは分子生物学の発展に沿った啓蒙書である。非常に面白い。スリリングでさえある。特に研究者の個性と絡め合わせて語られるので、その意味で大変人間臭い面を含み、叙述に親しみが持てる。

著者がアメリカで研究を始めたのは、野口英世と同じ大学だそうだが、現地で野口英世の評判は余り芳しくないそうである。日本で千円札の肖像画に決定されたことが、現地では驚きの目で見られたと書かれている。

人間的な側面として、中でも面白いのが今や我々素人でもお目にかかる遺伝子DNAの二重螺旋構造の解明である。この解明によりケンブリッジのジェームス・ワトソンとフランシス・クリックはノーベル賞を受けた。ところが本書によると、その二重螺旋構造を基本的に解明できたのは同じケンブリッジの女性研究者ロザリンド・フランクリンのX線解析が基になっている、というのである。著者は、ロンドン大学のモーリス・ウィルキンズが彼女の上司で、ワトソンと繋がりがあり、ロザリンドのX線解析をワトソンに見せた、というのである。そもそもロザリンドはX線解析の専門家で、分子生物学的なDNA構造解析それ自体を研究テーマにしていた訳ではなかったらしい。そこで、自分の解析結果の画期的意味が把握できず、それをワット達に持って行かれたらしいのである。

科学の世界は、熾烈な先陣争いがなされるというのは既に私達にも常識だが、ここに名前が出て来るロザリンド・フランクリンは余りに不遇の様な気がする。

一つ、眼からウロコの指摘。

「我々生物は何故こんなに大きいのか」と量子力学の先駆者エルヴィン・シュレーディンガーは問いを立てる。量子・原子・分子・細胞とそれぞれ大きさには段階があるが、例えば原子レベルでいうと、ブラウン運動に示されるように極めて無秩序な運動が行われており、そこから発生する誤差率を、固体(生命体)の維持の際に無視できるのに必要な大きさを生命が備えている、ということの様である。納得した。


福岡伸一<br />講談社現代新書
講談社現代新書
740円+税