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2007.07.16(月)

多重化するリアル

香山リカ

「現実感が極端に薄れ、自分と現実、自分とからだ、さらには自分と自分との間に“膜”のようなものができてしまうという疎隔感にとらわれ、同時に『自分とは何か』という自己同一性もほどけてしまいそうな状態、それが離人症といってよいでしょう。」と著者は述べ、その原因に「トラウマが原因として起こるタイプ」と「そうでないタイプ」があるとされる。そして、著者が興味を持たれたのは後者のタイプだと言われる。そこからトラウマ以外の原因の探求が始まる。

正直なところ、本書は大変怖い。私達は、日ごろ自分の存在も自分をとりまく世界の存在も立ち止まって疑ったりはしない。自分以外の人間と会話し食事をし歩き回り、その間に、自分以外の人間が本当に存在するのかとか、食事で口に入れる物が本当に存在するのか、歩き回っている世界が本当に存在するのか等とは全く考えない。ところが、それを疑い出すと蟻地獄に陥り、ネット社会ではそれが一般人にも起こり得るのだとされる。

確かに昔の農村社会のように、生まれてから死ぬまで同じ土地にいて文字も読めず情報は噂話だけという時代であれば、相手に応じて或いは世界に応じて自分が変わるという環境それ自体がなかっただろう。しかし、現代の我々は、様々な情報に取り囲まれ、また様々に異なった環境に自分を置くことができる。家庭と職場という単純な二分法のみならず、ネットに参加することで匿名性を獲得し、望めば自分自身を演出することも出来る。その様な環境がヘタをすると離人症になる危険を導くのである。

怖いよなぁ。でも一読の価値あり。


香山リカ<br />ちくま文庫
ちくま文庫
620円+税