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2006.12.30(土)

ハードボイルドに生きるのだ

向井万起男

著者は、日本初の女性宇宙飛行士向井千秋さんのご主人である(こういう紹介のされ方には多分飽きあきしておられるのではないか)。以前、雑誌か何かで著者のお写真を拝見したとき、髪の毛をオカッパにして鼻ヒゲを生やしておられて、慶応大学病院の医師でいらっしゃるとは伺っていたが、何か怪しいというかヘンなお方かと思っていた(本書にもお写真が掲載され、その「怪しさ」を題材にした軽妙な一編が収められている)。

ところが、本書の様な実に軽妙なエッセイをものす方であったのだ。

奥さんとは「チアキちゃん」「マキオちゃん」と呼び合う仲で、その会話をシャアシャアと書き写す辺り、やはりちょっと普通の日本の男達とは異なる気がする。ここら辺りがハードボイルドなのか(ちょっと違う気もするが)。

出色の文章が多い、というか殆ど出色の文章ばかりなのだが、中でも面白いのが大リーグに題材をとったものである。著者は大リーグの熱狂的なファンで、色々薀蓄を垂れておられるのだが、嬉々として書いておられるのがわかり、その気分が読む側にも十分伝わって来て読みながら我知らず微笑んでいる。しかも科学者らしいというか分析魔でいらっしゃって、我々には思いもつかない観点から分析される。特にイチロー選手と他の大打者をデータで以て比較するのは、並みの野球評論家では出来ないのではないか。どこかのプロ球団がブレーンとして雇ってもおかしくない気がする。尤も、ご本業は病理医だそうで(それについても色々書かれてある)、趣味は仕事には出来ないだろうけれど。

書評も収められているが、これも参考になった。この中から何冊か読んでみよう。

書名の「ハードボイルド」に関しては、始祖の一人レイモンド・チャンドラーがフィリップ・マーロウに吐かせた名セリフがすぐに浮かぶ。曰く「タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない。」ハードボイルドの本質を衝いたセリフとの評があるが、私は同じセリフが日本では夙にもてはやされていると思っている。すなわち「気は優しくて力持ち」である。ハードボイルドとは言わなくても、これほど人間の理想を端的に語る言葉はないと思っており、私の人生訓にし、私自身のキャッチコピーにも使っている。「気は優しくても力なし」でも「力持ちでも気が優しくない」のでも、やはり足りないのだ。


向井万起男<br />講談社+α文庫
講談社+α文庫
743円+税金