吉行淳之介先生は私の憧れの人である。30年昔の学生時代、他の作家の文章は読んでいるうちに何故か途中で息苦しくて読めなくなって、吉行先生の文章しか受け付けず吉行先生の本ばかり読んでいた時期がある。読みやすいという意味ではなくて、肌に馴染む、もっと言えば心の襞に馴染むという感覚だった(なぜかという説明は省く)。文章もそうだが、吉行先生の対談集も殆ど読んでいる筈である。ただ吉行先生の編んだアンソロジーは余り記憶に残っていない(確か「奇妙な小説」というアンソロジーがあった筈で、それだけは読んだと思う)。
この本では、巻頭の吉行先生を筆頭に錚々たるメンバーが酒に関するエッセイを展開する。それぞれの個性が出ていて面白いのは勿論だが、何やら文壇ゴシップがアチコチで出て来て作家に関する芸能週刊誌を読んでいる気になったりするが、それはそれで一興というものだろう。
私が面白かったのは、「下戸の屁理屈」という井上ひさし先生の一文である。他の方々はそれなりに酒を楽しんで酒席を楽しんでという辺りを、それほどの外連味なく書いているのだが(外連を感じさせない文章の芸という面もあるかも知れない)、井上先生は演劇も手がけるからか敢えて外連をしかけて凝った逆説的な文章を書かれている。私の様な大酒飲みは井上先生以外の酒好きの執筆者の部分を、そうそう等と共感しつつ読んでいたが、井上先生の文は、フーンそういうことか、そういう面もあるのかと思いながら読んだ。しかし、実は読み方が間違っているかもしれない、井上先生は実は下戸ではなくて大の酒好きのようにも読めるのである。
のん兵衛も下戸も、どちらの立場からでも楽しめると思う本である。