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福岡市弁護士甲能ホームメディア評インデックス『資本』論−取引する身体/取引される身体

メディア評インデックス

2005.11.10(木)

『資本』論−取引する身体/取引される身体

稲葉振一郎

経済学の本だけれど、社会思想史ないし法思想史の本の様にも読める。ホッブスから始まり、ロック、ヒューム、スミス、マルクス、等の思想が講義調の口語文で語られるが、内容は口調と裏腹に相当高度である。

目次を大項目だけ順に並べると

プロローグ 自然状態からの社会契約

I「所有」論

II「市場」論

III「資本」論

IV「人的資本」論

エピローグ 法人、ロボット、サイボーグ−資本主義の未来

ということである。

資本主義に至る道筋が、各思想家の考え方を解説していくうちに大掴みに理解できるようになっている。現在の資本主義社会の成り立ちが見えて来る。特に解説に法律用語や法律そのものが結構出て来るのには驚かされる(本当は驚いてちゃいけないのだろうが)。

著者は、上記の目次に沿って「所有」「市場」「資本」「人的資本」を全てを受け入れるべきである、存続させるべきである、あるいは存続させざるを得ない、として、それは持たざる者において「人的資本=労働力」の持ち主として最後の立場を維持・確立するためだとする(というのが私の理解)。資本主義社会で生ずる不平等を肯定する訳ではないが、「人的資本=労働力」の持ち主としての無産者の尊厳を保つためには、「所有」「市場」「資本」を肯定せざるを得ないではないか、と読める。

いわゆる剰余価値については、何も触れておられない。紙幅の関係か(既に通常の新書より若干厚め297頁)、何か思うところがおありなのか(そう推測する)、行間を読み取れということなのか、或いは別著で既に論じておられるのか、よくわからないが、経済的格差を生む要因について、もう少し解説を聞きたいと思ったのは、著者の説明が高度な話を実に大きな視野で交通整理をされ時には的確な比喩を交えわかりやすかったからである。

いずれにしても意見を言うには私の経済学の知識は貧弱すぎるが、不平等・疎外を肯定する訳ではないにしても、その解消の道を明確に示されないのは、経済学に素人の私としては何かもどかしい。何も資産を持たない難民・無産者に目線を合わせること自体は立派だとしても、現在、進みつつある二極分化(最近、巷間で一般化してきた「勝ち組」「負け組」或いは「上流」「下流」の分類)に対して、それを阻止する何らかの強力な処方箋を描いて欲しいというのが経済学者に対する私の期待である。その様な「グランドセオリー」を期待するのは、ポストモダンさえ時代遅れと言われているそうなので、益々アナクロニックなのだろうが。


稲葉振一郎<br />ちくま新書
ちくま新書
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