文系の人間である私には、正直、読み易い本ではなかった。本々が理科系の大学生に「科学概論」として講義する教科書が出発点だったそうで、元素記号や原子の話が出て来るし、それを例えば比喩などを用いて素人すなわち一般読者にもわかり易いように解説する、というのは紙幅の関係で無理だったのだろう。大学入試では化学を選択した私であるが、当時の知識は遥か彼方、電子の数などの話にはついて行けなかった。
しかし、それでも本書を本欄で取り上げるのは、少々わかったと思われる範囲内でも中々面白いことが書いてあるからである。
鉄、というと私などは固い金属ないし鋼をまず想像し、機械や車のボディー、日常的には包丁などを連想してしまう。たまに「栄養素として鉄分が不足している」などと医師から言われたという人の話を聞くことはあるが、人体がらみでの鉄は余り意識に上らない。
しかし、鉄が存在しなければ現在の生命体の発生・進化・発展はあり得なかった、という本書の説明は私の無知を啓くものだった。太古の昔のバクテリア段階から今日の霊長類まで鉄無くしては生命が発生も進化もしなかったということで生物の進化に併せて鉄の果した役割を説かれる。しかも、地球の地磁気も鉄という元素が決定的な役割をして、地磁気なくして地球環境もないとのことである。感心した。
その鉄が、元素としても極めて特徴的であることが語られる(正直いうとこの辺りが私の頭に入って来にくい)。
石器時代・青銅器時代・鉄器時代という歴史の流れの中で、鉄器を開発使用した文明が先進的な発達をした辺りや、いわゆる「鉄は国家なり」と言われる中で産業革命以降の鉄生産が果たした且つ果たしている役割はさすがに文系の私でもわかる。
この様に、化学・物理学・地学(果ては天文学)・生物学・医学・歴史学・現代政治学に至るまで横断的に鉄を軸に語れるのは凄いことだと思う。
そして白眉は「地球温暖化阻止の特効薬に鉄を使う」という科学者の間では常識になりつつある(らしい)指摘と推奨である。海に鉄を散布する、そうすると鉄不足にあえいでいた植物性プランクトンが大量に繁殖する、その植物性プランクトンが二酸化炭素を大量に吸収し炭素を中深層の海中に沈殿させる、その結果、空気中の二酸化炭素が減るので地球温暖化が阻止される、という流れで、既に大規模な実験で効果も確認されつつあるのだそうである。しかも鉄の散布が環境破壊になる訳ではないし、コストもそれ程かからないという。
これには驚いてしまった。いわゆる京都議定書で、各国が協力して二酸化炭素排出の削減に努力しましょう、という話ばかり聞いて、その条約に世界一の二酸化炭素排出国アメリカが批准しないのは怪しからん等と思っていたのだが、それはそれとして、この様に実効性のある処方に間違いがないのなら、これは世界が協力して早急にことにあたるべきである。
書かれてある内容は本当に無知を啓くものだと思うので、望むべくんばもう少し文系の頭の悪い私らにも解かりやすく書いて頂けると有難かったな、と思う。