殺し屋が免責と引き換えに要人暗殺に送り込まれ、それを察知した警備側が迎え撃つ。殺し屋は警備の網を何とか掻い潜ろうとし、警備側は正体不明の殺し屋の足跡を炙り出して捕捉しようとする。この間の虚々実々の追跡劇・逃走劇で読者を楽しませる。よくある設定ではある。フォーサイスの「ジャッカルの日」を筆頭に、ケン・フォレットの「針の目」もそうだったと記憶する。
本書の時代は1938年、ヒトラーが政権を握り国威発揚のためベルリンオリンピックが開催されようとする中、ニューヨークの殺し屋がナチスの要人暗殺のため、ドイツに送り込まれる。良くある設定だという気で本書を読み出して、前半はある種予想通りだったが、後半の展開が類書にない流れになり中々面白かった。久しぶりに作者に騙される楽しみを堪能した。
実は本書の直前に、ハメット賞を受賞したというスパイ小説の「影の王国」(アラン・ファースト、講談社文庫)も読んだのだが、サスペンスや謎解きを期待して読んだ結果、その期待が外れた。これも第二次対戦直前ヒトラーのファシズムがヨーロッパを席捲しようとする時代背景で、パリで半ば亡命生活者の様なハンガリー貴族の主人公が抵抗組織の活動を行うのだけれど、その活動の意味は最後まで明確には明かされない。末端の活動家が全体のジグソーパズルの一齣として活動する中で、その一齣の範囲でしか語られず、パズルが完成した姿が描かれない。確かにその方がリアルだし、この小説は寧ろ時代背景や当時の亡命貴族たちのある種デカダンな生活を描き出すことに主眼があったらしいのだが、そしてそれは確かに文学的で見事なのだが、やはり当初通俗的なスパイ小説を期待して読み始めたため、全体が見えない欲求不満が少し残った。
それに対して、この「獣たちの庭園」は最後は全体が見えるようになっていて、それなりにサスペンス・謎解きもあり些か通俗的ではあるが楽しめた。ストーリーの詳細を明かすわけには行かないが、当時のユダヤ人排斥のおぞましい国策・風潮もキチンと描き出されていること、ヒトラーの描き方もさもありなんという感じで(もちろん実物がどうかは知らないが)、登場人物の造形も確かである。
エンターテイメントとして秀作だと思うが、歴史小説としても(フィクションとして)良く描かれていると思う。
この手の海外エンターテイメントは、サスペンスを堪能するために又伏線を見落とさないために一気に読み通したいのだが、最近上下2巻本の大部のものが多く、私のように一日の読書時間が限られている人間には、読書時間が長く取れる長期の休みにしかその楽しみが味わえない。そこ行くと、この「獣たちの庭園」は若干厚め(約670頁)だが1巻なので(「影の王国」も)、その意味でも有難かった。
ちなみに本書は、CWAイアン・フレミング・スティール・ダガー賞受賞作だそうである。もちろんジェイムス・ボンド007シリーズの作者イアン・フレミングに因んだ賞である。確かに、賞に値すると思うので、お薦め。「影の王国」も既存のスパイ・サスペンス小説を期待しなければお薦め。