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メディア評インデックス

2005.11.02(水)

下流社会 新たな階層集団の出現

三浦展

噺家など話芸の芸人さん達の業界用語で、聴衆を聞く気にさせる最初の導入部を「ツカミ」というのだそうである。ツカミが上手い下手だとかツカミに失敗しただのという使い方をする。聴衆の心を「掴む」という様な意味合いで、そう呼ぶのだろうと勝手に解釈している。「枕」ともいうがこれは「枕言葉」から来ているのだろうし、何か「ツカミ」という方が玄人っぽくてよい。そしてツカミに成功すれば、後の話に引き込むことが出来るので、その日の噺の成功・失敗を大きく左右する訳である。

そして書物で「ツカミ」といえば、当然「前書き」や「はじめに」という部分になる。

この本では、そのツカミの部分で以下の様な心理テスト(のようなもの)を挙げている。自分に当て嵌まるものをチェックせよ、そして半分以上あてはまれば、あなたはかなり下流的、とされる。

1 年収が年齢の10倍未満だ

2 その日その日を気楽に生きたいと思う

3 自分らしく生きるのがよいと思う。

4 好きなことだけして生きたい

5 面倒くさがり、だらしない、出不精

6 一人でいるのが好きだ

7 地味で目立たない性格だ

8 ファッションは自分流である

9 食べることが面倒くさいと思うことがある

10 お菓子やファーストフードをよく食べる

11 一日中家でテレビやインターネットをして過ごすことがよくある

12 未婚である(男性で33歳以上、女性で30歳以上の方)

私は、このうち当て嵌まったのが12問中10問、率にして83%、半分以上どころではない(当て嵌まらなかった2問が何かはご想像にお任せする)。つまり私は、かなりどころかほぼ完全に下流なのである。確かに貧乏人の小セガレから這い上がろうともがいて来た過去はあるので、下流出身であるのは間違いない。だからといって自分の過去と現在の下流意識を恥とは思っていないが、では何を以て私のことを下流と診断するのか…と私に思わせた時点で、著者のツカミは成功しているのである。「うまいっ」と思ってしまった。つい買ってしまった。それに私は、現在の日本の二極分化というか階層分化というか格差拡大の流れに非常な危機感を感じているので、その意味の現状分析の書ないし警世の書を期待して読み始めた。

で、内容も「うまいっ」と思ったかというと、正直、期待はずれだった。

結局、私の最大の不満は、著者が分析の要にしている「上」「中」「下」という3分類が回答者の主観的意識を素にしており、年収などの客観的指標では分類されていない、ということに尽きる。要するに、自分を上流だと「思っている人達」と自分を下流だと「思っている人達」には考え方に差がある、というだけの話が多く、そんなことは統計の衣を被せなくても常識の部類に属する。そこで、翻って上記の心理テスト的なものをよく見てみると、客観的な指標は1と12だけで他は気分・気持ち的な主観的な評価ばかりである。しかも、この客観的と思われる1番にしても、例えば20歳の人の年収が190万円だとして、それは下流なのか、標準的に考えて高卒2年目の人達の年収が190万円でもその年代の下層部分にランクされるのは社会学的に実証されているのか。テスト12番にしても、33歳未満で未婚といっても同棲は含まないのかとか通い婚みたいに現在の婚姻制度に批判的だが男女の繋がりは肯定するものはどうするのか、とか揚げ足を取ろうとすれば取れなくはないのだ。つまり、厳密な意味の客観的実証的研究とは言いにくい気がする(尤も著者は本々そういう意思で書いた書ではない、と言われるかも知れないが)。

ただ、「気分」は実に良く把握している、という気はする。確かに、ここに描かれる上流、下流に属する人達の意識と私達が日ごろ感じているものは、相当的確に代弁していると思う。「向上心に溢れ責任ある地位に就き家庭を持ち教育熱心で収入も良い」上流と、「自堕落でフリーターで独身で収入は勿論少ない」下流と。しかし、「それを言っちゃあお終いよ」という世界である。

そして、「おわりに」の総括部分は、私は全く同感である。曰く

「そして、いつか上流や中流は下流を慮ることがなくなる、ブッシュがイラクの庶民の暮らしを慮らないように、いやアメリカの失業者層の気持ちすら慮らないように。(今回のハリケーンの被害者を見よ←甲能註)/少数のエリートが国富を稼ぎ出し、多くの大衆は、その国富を消費し、そこそこ楽しく「歌ったり踊ったり」して暮すことで、内需を拡大してくれればよい、というのが小泉−竹中の経済政策だ。つまり、格差拡大が前提とされているのだ。」

いずれにしても、内容部分をもっと客観的な指標を素に厳密な実証的な分類をすれば、相当説得力が出たと思うし、その様に作業を厳密化したところで最後の著者の分析ともそう大きな違いは出ていない筈だろうと予測する。その意味の次回作を待ちたい。

最初をツカミということは知っているが、最後は何というのだろうか。「シメ」かしら。

最初に「ツカマれて」、間で少々不満を持たされ、最後に納得させられたという本である。


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