正に様々な症例報告であって、体系書ではない。従って、本書を一読すれば精神病の概要が一望できるという訳ではない。もちろん体系が一望できるためには、本格的な体系書を精読しなければならないのであって、さして厚くもない文庫本一冊で体系を手に入れようというのは高望みもいいところである。望んだ私が馬鹿である。
アド・ホックに例示された症例は、統合失調症やうつ病や強迫神経症など様々であって、ときおり刑事司法との関わりに言及されるが、それが主題という訳ではない。「精神鑑定の嘘」という章も存在するし、そこでは刑事司法との関わりが正に問題となるのだが、寧ろ精神鑑定の水準の低さを嘆いておられて、それを盲従する司法関係者への批判的視点というのは薄い。
刑事司法とは無関係に正に症例報告的な章が多いが、読んで知識が増えるという方向であって、精神病の発現形態を知るだけで、精神病発病の機序(メカニズム)に理解が深まるという方向には行かない。そういう方向を期待するなら別の本を読まなければならないのだろうが、そもそも機序自体が未だ不明なものが多いのだから、本気で機序を知りたいなら腰を据えた勉強をしなければ先へは進まないだろう。
各症例を読むと、この症例はやはり「普通じゃないな」という感覚を持つが、正常と異常の狭間は以外に狭いという印象はある。
精神病の一端を知るという意味では、一読の価値はあろう。