母性の物語である。ただ普通の母性のあり方ではない。
「私は」の一人称で語る主人公は、不倫相手の妻が産んだばかりの赤ん坊をさらう。そして、逃げて自分で育てるのである。もちろん法律的には拐取罪(誘拐罪)ではあるのだが、身代金目的ではなくて、敢えて言えば自分で育てるためにさらう。そして子育てをしながら4年ほどの逃避行を経て、最後には警察の介入によって、子供は保護されて両親の下に帰り、主人公は罪に問われる。ここまでが第1部である。
第2部が、さらわれた赤ん坊が女子大生になってから、「私」という一人称の新たな物語が始まる。この主人公も不倫をして子供を身ごもる。そして、女子大生の身でありながら、産み育てる決意をするのである。
第1部は、いつ主人公が捕まり成長する子供との関係はどうなるのかが、ある程度サスペンスフルに描かれるのだが、第2部ではそういうサスペンスフルな要素はなく、さらわれて戻って来た子供として成長しなければならなかった主人公の苦悩が描かれる。
1部も2部も、子供を産み育てるとはどういうことかということが、様々なデテールを積み重ねながら語られる。多分これは女性作家でなければ書けない内容だろう。登場人物にしてからが、出てくる男は不倫相手の優柔不断なダメ男だけである。基本的に女性だけの世界ということが出来る。強引に要約すれば「母性の強さ」ということになるのだろうが、そう言ってしまえば零れ落ちる要素が余りに多い。その要素については読んで戴くしかないが。母と子とを今一度考える機会を与えてくれる小説である。