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福岡市弁護士甲能ホームメディア評インデックスポストモダンの思想的根拠 9・11と管理社会

メディア評インデックス

2005.10.20(木)

ポストモダンの思想的根拠 9・11と管理社会

岡本裕一朗

なにやら難しそうな表題の本だが、前書きには「この本はポストモダンな現代世界を思想において捉えるための、最も簡単な入門書である。」とあるし、表題の「9・11」とその後の世界がどの様に捉えられているのかについては私自身いま非常に興味があるので、読み出した。

「ポストモダン」は字義通りに読めば、「モダン」の「その後」ということになるが、本書では1970年代から80年代に大変流行した(とされる)思想的潮流を指す。そして、著者の言葉を借りて大雑把に要約すると、統一した真面目な大きな物語の「モダン」−近代合理主義の思想に対して、「差異の戯れ」を遊ぶ小さな物語の「ポストモダン」―脱構築された現代社会の思想ということになるらしい。

そして、管理社会について考究され、その言葉の持つ否定的な響き−規律社会から統制社会へと導く全体主義的イメージに対して、「自由な」「ポストモダン」な「管理社会」を対置する。「自由」と「管理」という対立概念と理解されやすいものが、現代では自由を保障するために管理が行われるという形で統一されるが、両者の緊張関係はなくなっていない。

いずれにしても9・11以降、ポストモダンの第2段階に移行し管理が強化されつつありそういう形の「静かな革命」が進行しつつあるとされる。管理する者と管理される者の分断が進みつつある。

この様に要約しようとしても、私の理解力の限界から不正確さを免れない。多分、著者がこの乱暴で不正確な要約を読まれたら、お怒りになるだろう。

いずれにしても、私は構造主義だのフーコーだのデリダだの名前だけは聞いているし解説書も読んだことはあるにはあるが、ここまで分かりやすく解説してある本は未だ読んだことはなかった。その意味で大変勉強になる。

ただ、これは思想に関する本なので無い物ねだりと一蹴されるだろうが、経済についての言及が少ない、というか著者はそれが重要な視点だとはお考えなのだろうけれど、「差異」は「格差」と同義であると指摘しつつ批判的ではありつつも、経済格差自体を真正面から取り上げてはおられないように思う(元々ポストモダンの思想は経済理論ではない訳だし)。

書評からは外れるが、私自身は本書でも言及されているいわゆるグローバリゼーション(私の理解では欧米型資本主義・欧米型民主主義−特にアメリカ型−を全人類の普遍的な真理だと「僭称」して全世界に「押し付け」て行く過程)で極限にまで達しつつある経済格差と文明的摩擦が、イスラム世界を筆頭に中国を含むアジアにおいても必然的に抵抗を生まずにはおかないし、9・11はその端的な表現ではないかという意見を持っている。そして、最近その言葉自体が余り目にしないが、「いわゆる多国籍企業」が国家を超えて資本を蓄積して傍若無人な振る舞いに出て、それを特定の国家が時に先導し時に追認し支持し拡大して行く姿を9・11の前後の流れでイメージしている。

この様な国と国の経済格差だけでなく、今回アメリカのハリケーン被害で貧困のため車を持たず避難することが出来ずに亡くなった被害者が多数いたというニュースに接すると、アメリカ国内の経済格差の激しさと、その様な貧困層を多数抱える一方で重装備の何万という軍隊をイラクに送り込むことができるという事実に何か慄然とする。富める者は益々富み貧しき者は益々貧しくなるという形がアメリカでは当然視されているのだろうか。そして、「規制緩和」「自由化」という標語で弱肉強食が奨励されているとしか思えない日本もアメリカ型になって行くのだろうか。

自由のために管理が行われるのだとしても、その自由の中で何が経済的に結果するのか、その点を私は知りたいし、その点を克服する道を知りたい。


岡本裕一朗<br />ナカニシヤ出版
ナカニシヤ出版
2400円+税