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2008.06.10(火)

カーブボール

ボブ・ドローギン著 田村源二訳

イラク戦争は何故おきたのか。イラクが国連決議に違反して大量破壊兵器を製造していたからだというのが大義名分だった。しかし、その大義が全く実態のないもの即ち虚偽であったとしたら、この戦争は一体何だったのか。膨大なイラク市民が死亡して内戦状態に陥り、イラク側には勿論アメリカ側にも多数の戦死者が出て、今なお混迷続くイラクという現状は何なのか。

恐ろしい実話である。大量破壊兵器など存在しなかったのだ。イラク攻撃の大義など存在しなかったのだ。

その大義らしきものは、たった一人の亡命イラク人の言葉から始まった。そのイラク人からの本物らしい情報が、何らの検証を経ぬまま、組織や個人の歯車の中で、欺瞞、偽善、責任逃れ、誇張、名誉欲、名望、そういう様々な要因も重なって、膨張に膨張を繰り返し、イラクの大量破壊兵器製造が真実だとされていったのだ。伝言ゲームなら笑って済ませられるが、ことは国家同士、国家機関同士、官僚同士の問題で、そして、その結果としての軍事力の発動すなわち人間の殺戮に至るのだから、全く背筋が寒くなる。亡くなった方々に誰が説明するのか。誰に最大の責任があったのか、必ずしも著者は明示していないが、犯人探しよりは国家の機構についての観方を教えてくれるが、いたたまれない。

CIAやらDIAやらBNDなど、スパイ小説を愛読する私には馴染みの情報機関の名前が出てくるが、これはフィクションではないので、面白がってはいられない。日本でも、こんなことがないように願うのみ。


ボブ・ドローギン著 田村源二訳<br />産経新聞社
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