著者は、発酵学・食文化を専攻される東京農大教授でいらっしゃるそうである。自他ともに認める「食の冒険家」ということで、研究の一環ではあるのだろうけれど、悪食(アクジキ)もっと言えば下手物喰いで、日本人からみればゲッといいそうな世界の食べ物を何でも平気で食べて来ておられるそうである。その様な経験に触れながら食文化について、各界の方々と対談されたものを集めたのが本書。さすが学者、博識であり且つ経験豊富で、作家・落語家・学者・写真家など様々な業界の方々と対談なさるのだが、話題は尽きない。内容的に面白いし、ときにユーモアを交えた対談の妙で、大変楽しく読める。
例えば、江戸学で有名な作家杉浦日向子氏との会話
小泉:江戸時代の人たちの知恵というのは、理に適っていますね。江戸を代表する食べ物といったら、なんですか。
杉浦:やはり握り鮨ですかね。鮨、蕎麦、天麩羅、鰻。これは四大江戸前で、すべて江戸の屋台から発生しています。
小泉:ファーストフードのはしりですね。
杉浦:江戸の粋は、やっぱり生き生き、新鮮、鮮度が命なんですね。とれとれ、きときと。でも同じ粋でも、上方(カミガタ)ではスイと言いまして”酸いも甘いも”のスイですから、熟成・発酵されているんです。
小泉:食の文化からすると、上方の方が非常に奥深いというか、歴史的なものがありますね。
杉浦:やっぱり奥深いです。千年の王城の地という背景がありますし、江戸はたかだか数百年の新興都市ですから。気が短いので手っ取り早いほうがいい。それにキレがいいということが大事で、じっくり噛んで味わうのではなく、パッと食べて後味が持続するようなもの。
小泉:それがイキとスイの違いですかね。
杉浦:やっぱり気性の違いじゃないですかね。上方の熟鮨が本家本元で、江戸っ子は熟れるまで待てないから、魚の切り身と酢と飯、合わせちまえということです。」
或いは、作家の嵐山光三郎氏との会話。
「小泉:さっきの化学調味料というのは、いったん使い出すと戻れなくするんですね。カンボジアの山間部に行ったときショックだったのは、高地クメール民族は蟻をタンパク源として食べるんですが、臼に蟻をいれてその上から化学調味料をどさっとかけてつくんです。年間収入わずか一ドルという世界にまでそれが広まっているんです。
嵐山:蟻は日本でも信州の方とか食べますよね、私は阿佐ヶ谷の飲み屋でよく食べたんだけど。小泉さんは虫をやたらとたくさん食べてますね。
小泉:虫が不味いという観念はないです。クモ、ゴキブリ、トンボ、セミ、いちばん美味しいのはカブトムシの幼虫とさなぎ。
嵐山:クモはどうやって食べるんですか。
小泉:佃煮風にしてです。熱を通さないと生はだめ。」
これを読んで、ゲッと思い、学生時代にイナゴの佃煮を友人が仕入れてきてどうしても箸が付けられなかったのを思い出した。
下世話な食の話から高邁な化学論まで、話は対談相手に応じて縦横に飛び、楽しめ且つ文化の勉強にもなる。お薦めの一冊である。