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2008.05.30(金)

死刑弁護人−生きるという権利

安田好弘

この本はキツイ。相当キツイ。同業の弁護士からみてのみならず、一人の人間・読者として読んだとしてもかなりキツイ。

扱う素材が死刑事件という人の生き死に関するものだから、その重みに耐えられるかという問題がまずある。そして、死刑適用が問題にされる犯罪でもある以上扱う事件の内容自体も重い。殺人罪だの強盗殺人罪だの、である。本書で扱うつまり著者が担当した刑事事件は、先日来マスコミで大々的に扱われた光市母子殺人事件、古いところでは新宿西口バス放火事件、名門女子大生誘拐殺人事件、そしてオウム事件、等など。そして、その様な重大な事件に関わる以上手抜きはできず(もちろんどんな仕事でも手抜きはあってはならないが通常の事件以上にという意味)、常に全身全霊をかけた闘いにならざるを得ない。例えば鑑定結果を弁護団自ら実践・実験してみたり現場百辺を繰り返し、果ては被告人の死刑回避のために示談を成立させようと自腹を切ってカンパをしようとまでする。その入れ込みようは本当に半端じゃない。

「(裁判官を引きずり込むような証人尋問を)完璧にそれをやり遂げることは不可能だ。尋問をするとなると、一週間近く前から準備を始める。まずは、記録を脳にたたき込む。そしていったんすべてをクリアにして、全体からとらえ直し、どこから切り口を開いていくかを思考する。訊く人間がわくわくしながら訊いていかないと、誰も興味を持たないし、理解もしてもらえない。尋問の前日は結局完全に徹夜となってしまう。早く寝て、睡眠をとって、頭をクリアにしていないと尋問ができない焦りながらも、あれはどうだったか、これはどうだったかと記録を見直すうちに、結局朝になってしまう。そして、どうしようもないほどの激しい緊張の中で尋問が始まる。尋問が終わると一気に胃液が噴き出してくる。時には、激しい胃痛に襲われて七転八倒する。そして、ほとんどが無残な失敗に終わり、後悔ばかりにさいなまれる。刑事弁護は、身をすり減らし、命を縮める作業の連続であった。」

体が幾つあっても足りないと思われるし、そもそもこの様に重い刑事弁護ばかり抱えて事務所がやっていけるのか同業者として心配になってしまう。この様な勾留中の刑事被告人が資力に恵まれていて十分な弁護料を提供できている例は殆どないと予測されるので、殆どの事件が手弁当の筈である(国選弁護料は大変に安い)。で、どうやって事務所を維持し(例えば事務所家賃・事務局人件費その他)、どうやって家族を養って行くのか。著者はその辺には触れていないが、失礼ながら多分優雅・裕福な弁護士ではないだろうと愚考する。

一弁護士の経験と心情を赤裸々に語った書である。


安田好弘<br />講談社α文庫
講談社α文庫
933円+税