2006年にお亡くなりになった米原万里氏のエッセイ。
エッセイではあるのだろうが、博物誌といった感じである。何についての博物誌かというと、表題からわかるように「下着」。古今東西の書物や彫像・絵画・写真などの創作物とご自分の経験を絡み合わせて、歴史や国・地方による風習から下着について考察を重ねる。
例えば、ミッション系の幼稚園に通った際にみた十字架のイエス・キリストの像に衝撃を受けた著者が、腰に巻かれているのはパンツか、ふんどしか、腰巻か、考察する。古今のキリストが描かれた絵画を渉猟し或いは聖書の記述などからも。
また、例えばアダムとイブがリンゴを食べたせいで羞恥心が芽生えイチジクの葉一枚で前を隠したという話を幼稚園で聞き、イチジクの葉一枚でどうやったら前を隠せるのか同級生の幼稚園児らの議論(考察?)と実験が報告される。その他、結構尾籠な話、顰蹙を買いそうな話、その他の際どい話を実にユーモラスな筆致で語る。厭らしさは微塵もない。傑作。
考察は、文化、文明、国、歴史、民族と広汎に及び、その博識には驚嘆する。私が博物誌と呼ぶ所以である。感心することしきり。
2005年6月付のあとがきが書かれている。雑誌連載を経ても直ちに単行本にするのを躊躇ったが、自らの卵巣癌の再発、しかも悪性度が高い癌で、人生そのものがカウントダウンに入ってしまったので、出版する気になったとのこと。本文そのものに暗さは微塵もないが、あとがきも右の様な深刻な内容であるにも関わらず淡々と書かれていることが、胸に沁みる。著者略歴によると享年56歳のようである。もっと長生きしてもっと著作を残して欲しかったと切に思う。