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2007.03.19(月)

サウスポー・キラー

水原秀策

プロ野球の左投手が主人公のミステリー。第3回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作だそうである。

中々に人を食った主人公の造形である。「体育会系」という俗語があるように、ある種プロスポーツの選手は何か余り知的ではない様な言われ方をされることがある。しかし、この主人公は、確かに高校3年間野球をやっていたものの、スポーツ推薦で入学した体育科の他の野球部員と異なり普通科の生徒であり、その3年間で嫌気が差し、東京6大学に進学するも3年生まで野球をやらず一寸した切っ掛けで野球に復帰し、卒業後のアメリカ留学でプロになろうとしていたところを日本の人気球団からスカウトされるという経歴で、思考は合理的で頭が良いという設定になっている。この主人公の造形だけでも中々読ませる。

解説にもあるように、作風は確かにディック・フランシスを髣髴とさせるもので、フランシスの競馬シリーズは私も読み漁ったが、フランシスの主人公も男の矜持と知性を併せ持つというものが多かったと記憶する。本書の主人公も、確かにその類である。

そして笑ってしまうのだが、この主人公の属する「人気球団」がセ・リーグで日本一の人気を誇り全試合がテレビ中継され某新聞社が経営し個性的なオーナーが実権を握っている、その監督が「野生の勘」を持つ「ミスタープロ野球」で、ひっきりなしに選手を換えたり或いは同一選手のみを酷使したり、要するに一寸でもプロ野球のことを知っている者なら、どの球団がモデルか監督のモデルは誰かすぐわかってしまう。

満身創痍の主人公が、己の誇りと野球生命を賭けて投げる試合のシーンは確かに面白いのだが、受賞の選者のどなたかも仰ったそうだが、もう少し読みたかった。本書は野球のことを余り知らなくても十分楽しめると思うが、野球のことを少しは知っている人なら、もっと試合シーンを書き込んで欲しいと思っただろう。

それにしても十分楽しめる。

私は、以前はベストセラーだとか何々大賞受賞などという本は敢えて敬遠するというヘソ曲がりの行動を取っていたが、最近は余り気にせず、寧ろ皆が面白いというものはどんなものだろうと思って読むよう務めている。本書もその例であるが、外れでは全くなかった。


水原秀策<br />宝島社文庫
宝島社文庫
695円+税