2000年10月15日が第1刷だが、内容的に古くはないのではないか。その後6年以上経つので、実際のアメリカではまた別の動きが出ているのかもしれないが、とりあえず私を含めてアメリカ医療に疎い一般人に未知の世界を紹介する役割は十分果せると思う。
内容は、アメリカ医療の現場での医療過誤の取り組みと医療を市場原理に委ねる取り組みの二つの側面から論じてあるのだが、文字通り前者が「光」であり後者が「影」ということになろうか。
本書で紹介されるアメリカの医療過誤の取り組みは素晴らしい。再発防止を目的として徹底している。紹介される事例を通じて、著者はこう語る。
「医療過誤を防止するための方策の第一は『誤りから学ぶ』ことにあり、そのためには医療の現場に『blame free(個人を責めない)』というカルチャーを打ち立てる必要がある。同様に、過誤防止策の第二は『チーム医療』であり、『医師の指示が絶対』というカルチャーは医療過誤を産み出す最良の土壌となることを強調したい。」
ただ私は医療過誤訴訟を患者側で起こす立場だが、実は法的枠組みとしては個人を責めないという構成は出来ない。訴訟にしないなら別だが、医師個人の過失ないし医療チーム全体の過失を主張・立証しないと法的責任を問えないのが日本の法律の仕組みである。著者のおっしゃるのが改善策であるなら、日本国内への提言としては理解できるのだが。
他方、医療(の保険)を市場原理に委ねるアメリカの行き方は、はっきり言って怖ろしい。要するに、日本の国民健康保険などと異なり、保険会社という私企業の論理に従う結果、お金持ちに有利に貧乏人に不利にという実情が、あきれる程の内容で語られる。
「このことを理解するためには、まず、市場原理の下における医療保険会社の経済行動原理を理解しなければならない。営利の保険会社にとって、その第一の任務は、利潤を上げ投資家に配当として還元することにある。利潤を上げるためには、収入を増やすとともに、支出を減らすことが必須条件となる。支出を減らすためには、被保険者の医療に要する医療費の実額を減らすことがてっとり早い手段となる。保険会社の経営業績を表す指標の一つとして『医療損失(medical loss,支出のうち、実際に医療に使われる部分)』という言葉が存在するが、この言葉に営利保険会社の本音が見事に集約されている。」
要するに営利保険会社としては、保険料は間違いなく払えて、しかし保険事故(傷病の罹患)は起こさないという人間が上得意であり、そういう人間のみ加盟する保険契約を運営・営業することを目標とする訳である。従って、アメリカには保険料が払えないために無保険者となっている人達が大量に存在するそうである。
本書は、いわゆる「小泉改革」の前に書かれた本である。その後、医療保険制度が大幅に変更されたと聞く。医師に聞くと大変に評判が悪い。本書の警鐘が聞き入れられなかったのか、正直なところ暗然とせざるを得ない。