実話である。フィクションであれば必ずしも及第点は挙げられないが、これが史実だ・真実だと思って読むと、俄然興趣が湧いてくる。例えば、小型カメラ等のスパイ道具の入った荷物を背負ってドイツから空路イギリスへパラシュートで侵入するのだが、これがフィクションであればかなり安手の侵入方法だが、実際これが行なわれたとなると、よくまぁ発見もされず、と思ってしまう。事実だからすごいのだ。
主人公は、エドワード・チャップマン、イギリス人だが、本々は銀行ギャングの一味(或いはボス)(その出自が本人の最後までついてまわる)。そのギャングが、数奇な運命の流れで、ドイツのスパイにまずなってイギリスに侵入する。そして、それと殆ど同時に今度はイギリス側のスパイとなってドイツを騙す。この辺の「ジグザグ」(チャップマンの暗号コード)は詳細で、当事者の心理にまで立ち入った分析がなされている。史実に正確であろうとする分、些かスピーディーさに欠ける感がなきにしもあらずなのだが、それでも対戦中にこの様な二重スパイを生きたということ自体の驚きが最後まで本書を読ませる。
またチャップマンは筋金入りの情報将校ではなくて言わば一介のギャングで、その愛国心から行動を起こすのだが、この間、複数の女性と関係を持ち、子まで設ける。この辺りが、神経をすり減らすだけの情報戦報告には仕上がっておらず、当然、主人公の人間性も描き出す。
第2次大戦の中で様々な諜報戦が行なわれれた記録はときどき読むが、本書は、そのうちでも出色のものである。