故池田勇人首相の評伝。といっても幼少の頃からを丹念に追う伝記ではなく、もちろん政治家になってから、特に戦後最大のコピーとも言われる「所得倍増」のエネルギッシュな推進者としての側面が本書の大半を占める。
60年安保という戦後最大の「政治の季節」を乗り切った(というか乗り切ろうとして事実乗り切った)自民党政府のトップとしての信念と悲哀を描こうとした力作と言える。発表された文芸春秋が1977年なのに単行本化は2006年だから、ほぼ30年の年月を要しており、その間の委細は本書の後書きと解説に詳しいので、そちらをご参照願いたい。
寧ろ私としては、なぜ文庫化が今なのかを問題にする。すなわち、単行本化から文庫化への期間として考えれば不自然ではないが、出版する側からすれば今が好機と判断したのではないか。
池田首相後、何人の首相が誕生したか私は詳らかにしないが、特に現状(2008年11月)においては、小泉首相退陣後の首相交代のドタバタは醜態としか私には評し得ない(ちなみに安部元首相は私と同い年)。しかも小泉首相の代からして2代目3代目というボンボンばかりである。こういう情況を見ていると、高校のとき国語教師あがりの校長が話してくれた訓話で未だに印象に残っている川柳を思い出す、曰く「売り家と唐様で書く三代目」。どういう意味かというと、初代は苦労して家をなす、2代目は初代の苦労を見て育っているから見習って仕事に精を出す、ところが3代目になると初代・2代目の苦労を知らないから、仕事より趣味に精を出し本業を等閑にする結果、本業は廃れて「家を売る」結果になり、趣味だけは立派で粋だから「唐様で書」を書いたりする。要するにボンボンを笑い飛ばす川柳なのであるが、それが現在の政治をも十分に表現しているのではないか、というのが私の感想である。
池田首相が凡人なのか偉人なのか本書では良くはわからないし、別に私は偉人伝を好んで読むタイプではないので、戦後最大のコピー「所得倍増」の裏に、田村敏雄と下村治という同僚だった大蔵官僚がいたことにはそれほど興味はそそられないが、為政者には絶対にブレーンは必要だなとは思う。