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2009.01.11(日)

火車

宮部みゆき

「この傑作を今頃になって」と思われる方も多いだろう。1993年度山本周五郎賞受賞で、帯によると「このミステリーがすごい大賞」の「もっとすごい1988年〜2008年国内ベスト・オブ・ベスト」だそうである。実際、私の買った文庫本の奥付をみると、平成十年2月1日第一刷で、私が手にしたものは平成20年5月25日で52刷まで来ている。息長く売れているのだ。

 休職中の刑事が主人公で、自分の遠縁の男性から頼まれて、彼の突然失踪した婚約者の捜索を始める。その足取りを辿るうち様々な事実が浮かび上がり、二人の薄幸の女性の人生が悲しく交錯する。

日本がいわゆるカード社会となり、実際に金がなくてもカードやサラ金で何でも手に入る、またムリをしてでも住宅ローンを組んでマイホームを手に入れるという風潮の結果、「火の車」に乗る人間‐いわゆる多重債務者‐が多数出現する社会の現状が、ストーリーの主要な背景をなす。もう15年前の小説だが社会の現状は、若干の法整備があっただけで殆ど変わっていない。その意味で、この背景の中の登場人物たちの行動は今でも十分過ぎるくらい哀切である。

途中、作者の仕掛けに何度か背負い投げを食わされるので、その意味でのミステリーの醍醐味は十分に満喫できるが、同時に感心するのは登場人物たちの存在感・現実感である。銀行員はなるほど銀行員、水商売の女性はなるほど水商売、と一々丁寧に描き分けられ、登場人物に全く違和感(こんな人間いる訳ないよなという)がない。その描き分け方は見事という他はない。

どちらかといえばスパイ・アクション小説を読んできた私には、ストーリー展開が一々カードめくりをして神経衰弱ゲームしているようで若干テンポが遅い気がしないでもないが、寧ろじっくり読み進めることが期待されているのだろう。

ただ傑作だとは思うのだが、悲劇であって、率直に言って暗い。その意味で、余りお正月向けとは言えないかもしれないが、一級の推薦本であることに疑いはない。


宮部みゆき<br />新潮文庫
新潮文庫
857円+税