罰金刑をくらったのに罰金を支払わないとどうなるか。もちろんお咎めなしという訳にはいかない。労役場という刑務所に入れられて、罰金額に見合うまで働かされるのである。多くの人は刑務所なんか入りたくないから、何とか罰金を工面して支払って終わらせる。
ところが、著者は敢えて労役場留置を選んだ。そこには、現役のフリージャーナリスト(元新聞記者)としての取材精神というか敢えて言えば突撃精神が働いたのだろう。
労役とはどんなものか、労役場とはどんなところか、労役場生活とはどういうものか、著者は詳細に報告する。殆どが知らないことばかりだから、新鮮な驚きがある。
労役場によっては違いがあるらしいのだが、著者の担当した「労役」とは、紙袋の下げ紐の穴通しだったそうである。洋服やそれ程重みも嵩もない商品を買うと、商店は下げ紐付きの紙袋に商品を入れてくれることがある。その下げ紐を紙袋の穴に通す作業が「労役」だったのだそうである。初めて知った。
この作業を1日やると、罰金5000円に換算してくれる。要するに作業日当を5000円もらい、それを罰金の支払いに充てるという理屈である。著者は25万円の罰金刑だったから50日間の労役場留置だった。
しかし、労役場(=刑務所)は、食事3食を含め衣食住すべて見てくれる。もちろん娑婆に比べれば不便この上ないが、紐の穴通しの作業が1日5000円の利益を生み出すとは到底思えない。結局、採算を度外視して、罰金刑の意義を建前上維持するということなのだろう。
国家が設営する刑罰制度の不合理性が透けて見える大変参考になる本である。