怪獣映画「モスラ」の第一作1961年(昭和36年)公開をリアルタイムで観た世代は、いわゆる団塊の世代とその後続数年の世代(私はその世代である)までであろう。ゴジラ的な怪獣映画のつもりで観に行ったら、かなり趣きが違ったという記憶がある。それが「モスラ」の特徴であり、その辺りを解きほぐすのが本書の作業である。
公開当時、私は小学生だったから原作者が誰かなど全く興味がなく、その無知・無関心は現在に至るまで続き、原作者が中村真一郎・福永武彦・堀田善衛という高名な純文学者三者の合作であったことを本書で始めて知った。監督も特撮監督の円谷英二しか知らない程度の認識である。
要するに、この程度の予備知識しかない私からすれば、本書で展開され明らかにされる広汎な事実・論理・思想・歴史・奥行きは正に目からウロコの部分が多い。
モスラが蛾なのは、日本の特産業であった養蚕業での「オカイコ」さんと無縁ではないとか、様々な神話的解釈であるとか、さらに「モスラ〜や、モスラ〜」という一度聞いたことのある人なら忘れないザ・ピーナッツの歌詞の何やら呪文的に聞こえる箇所はデタラメでは全くなくて本物のインドネシア語であったり、とか、へぇーっと感心する部分が多い。安保条約との関連、或いは当時の日本のアメリカに対する屈折した思いの映画への反映も興味深い。
更にモスラが繭を作るのは何故東京タワーでなければならなかったのか等など、また時には建築学や地質学の知識を基に解説され、その該博な知識には舌を巻く。しかも、それが全然ペダンチックにならない辺り内容もさることながら文章の芸という面もあるのだろう。
ゴジラ、ラドン、キングギドラなど恐竜系・爬虫類系とは異質の怪獣であるモスラに愛着を感じる人も多かったと思うが、その思想的背景は本書を読むと納得できる。
下敷きにされたともいえるアメリカ映画の「キングコング」、そして、「モスラ」を経たその後の現代の巨匠宮崎駿の「風の谷のナウシカ」といった流れは、映画ファンなら先刻ご承知なのだろうが、この様な歴史的視点も楽しい。
この様にミクロからマクロまで「モスラ」を読み解くことで知的興奮が味わえる書だと思う。