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2007.10.02(火)

裁判員制度の正体

西野喜一

裁判官OBにして法科大学院の現役教授による「裁判員制度」弾劾の書である。国民の司法参加というお題目のもとで推進され実施間近い裁判員制度は違憲の疑いがあり、犯罪被害者・被告人そして国民にとって迷惑千万な制度であると断罪する。

成り立ちからして陪審制推進派と反対派の綱引きの結果の妥協の産物であり、議論し抜かれた制度ではないという。その結果あちこちで綻びが出て、そもそも裁判員になりたくないという国民が大半を占めるという現状を未だに改善できていないではないかと大変に厳しい。

どこに違憲の疑いがあるかというと、国民の裁判を受ける権利を侵害する疑い、憲法で規定する「公平な裁判所」が構成できないのではないかという疑い、裁判官の独立を害するのではないかという疑い、裁判員になることを強いられた国民の思想良心の自由を侵害するのではないかという疑い、etc.著者の表現では、裁判員制度は「違憲のデパート」とまで言われる。法律家からみて、ご指摘は一々ごもっともという気がするが、反論はあり得るだろう。

私は弁護士なので裁判員の立場に選任される資格はないが、弁護士の立場でも裁判員裁判の弁護人をやることになったら大変だろうと予想はつく。被告人の防御を十分に図れるのかという職務そのものへの不安と、一旦弁護人になったら公判に1週間以上釘付けになり、それ以前に被告人との打ち合わせ、裁判官・検察官との事前の争点整理手続きなど、1件の刑事裁判にさくべき時間は膨大なものになる。この間、当然、私自身の生活費や事務所維持費(事務員の人件費・賃借ビルの部屋代その他の経費)を稼ぎ出すための収入源である民事事件は手薄にならざるを得ない(その分十分な国選弁護費用が出るとは思えない)。これが否認事件(無罪を主張する事件)だと公判だけで2週間以上はかかりそうだと著者は推定されるが、その間、民事事件をやらずにすませられる弁護士は弁護士数を揃えた大事務所だけだろう。ただ、これは少なくとも私の本業であるから愚痴は言っていられないが、これが一般国民の裁判員だと確かに大変だろうと思う。自営業者が2週間も店を閉めたら、高々日当1万円なんて貰ったって何の役にも立たないだろう。

著者は、原理的に「人を裁くのは嫌だ」という感情あるいは信念を一般国民が持っていることに理解を示す。そして、それを義務として無理やり裁判員に引っ張り出すのは、客観的に徴兵制を敷く社会的雰囲気を醸成する危険さえあると指摘する。

いずれにしても、裁判員制度が既定方針であることに無批判でいることは良くないだろう。司法の国民参加というお題目自体は私自身賛成であるが、その目的に応じて今回の裁判員制度が良く出来た制度と判断できるかは今のところ予断を許さないと考えている。

なお、本書では国民の立場から「裁判員」から逃れるノウハウが大変具体的にアドバイスしてある。これは中々笑える個所が多く(例えば召喚状を犬が食べてしまったらしく呼び出しの事実は知らなかったと主張する等)一種のブラック・ユーモアとも理解できなくはないが、多分著者は大まじめで書いておられるのだろう。それも含めて一読に値する。


西野喜一<br />講談社現代新書
講談社現代新書
720円+税