一個の細胞から全く同一の生物を発生させるクローン技術を典型に、人間の遺伝子が全て解読されたとされる現代の生命科学の進歩(と肯定的に評価して良いのか)は、我々素人には目を見張るものがある。
クローン技術で人間の複製を製造することはどこの国でも禁止されているが、いずれにしても遺伝子解析その他の生命科学が人間の誕生や臓器移植、臓器の複製など言わば神の領域に踏み込んで来ており、そこでの倫理的規制・法的規制が強く望まれ、その分野での世界の様子を概観し著者の提言をまとめたのが本書である。読み応えがある。
2003年4月、アメリカ、イギリス、日本などの首脳は、ヒトゲノム解読の完了を宣言した。もちろん解読が完了したから人間の遺伝情報や遺伝経路が判明したという訳ではない。しかし、このヒトゲノム解読完了が科学の革命を齎すものであることを著者は力説する。今までの科学は、自然の観察を経て、推論・仮説の提示、実験による検証という流れだったのが、今後はヒトゲノム情報を前提に、そのこととの人体現象との関連付けという全くこれまでと逆の過程を辿るのだという。素人的には頷くしかないが、やはり一種のコペルニクス的転回なのだろう。
それぞれの章いずれも興味深いが、特に戦慄せざるを得ないのが「人体部分の商品化」である。
「1994年時点で、全米でヒト組織採取のために6000の遺体が処理されたが、その後、急増し、現在では年2万体以上の遺体が、ヒト組織の製品化サイクルに組み込まれている。7000体で頭打ちにある臓器移植数の、実に3倍に達している。こうして買い集められたヒト組織は、殺菌・加工・梱包され、多種多様な製品としてカタログ販売され、医療用ヒト組織の全米市場は2003年に10億ドル(1100億円)に達したとみられている。
この報道によると、1遺体からは通常、50〜100片の形として摘出され、NPOが加工会社に売却する段階で、1遺体分が1万4000ドル以上になる。最終の医療現場への納入時点では、1遺体は、皮膚・アキレス腱・心臓弁・血管・角膜で11万ドル、他も加えると22万ドルに達することもある。」
この他、安く腎臓移植を受けるために発展途上国へ観光と抱き合わせで行く「医療ツアー」なるものもあるのだそうである。
正に神をも恐れぬ所業と感じる。
著者は、そういう世界の現状を踏まえて、日本の倫理規制・法規制の遅れを厳しく批判している。