福岡地裁は、2005年5月27日、72歳の妻を殺害した66歳の被告人に対し、妻の承諾に基づく承諾殺人罪で懲役5年を求刑されていたところ、懲役3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡した(朝日新聞5月28日朝刊)。
同紙によると、この事件は、老夫婦が借金苦から心中を図り、被告人である夫が妻の承諾の下に殺害したものの自分は死に切れず110番通報した、というもの。
この事件に適用される法律は、刑法202条(自殺関与及び同意殺人)。条文を引用すると「人を教唆(キョウサ)し若しくは幇助(ホウジョ)して自殺させ、又は人をその嘱託(ショクタク)を受け若しくは承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁固に処する」であるが、これを日常用語的に言い換えると、「他人をそそのかして(その気が無いのにその気にさせて)又は手助けをして自殺させ、又は他人に頼まれて又は他人の承諾の下に人を殺した者は…」ということになる。一方で刑法199条(殺人)は「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。」とされており、法定刑の差は極端に大きい。ただ常識的に考えても、被害者の意思に反して殺す場合と被害者自らの意思に基づいて命を絶つ若しくは絶たれるに関与する場合とでは、刑罰にこれだけの差を付けても一応の納得は行くだろう。
ところが、双方死を覚悟して納得ずくで闘ういわゆる決闘は決闘罪という犯罪とされており、決闘申込は6月以上2年以下の重禁固、決闘を行った者は2年以上5年以下の重禁固ということで、刑の下限が同意殺人より重い(決闘の結果、相手を殺せば別途殺人罪が成立し刑が調整−観念的競合(長くなるので解説省略)−される)。別の例で考えると、被害者の意思に反して財布を奪えば窃盗罪だが、被害者自らの意志に基づいて財布を放棄してそれを他人が得ても何ら犯罪ではない。また、ヤクザの世界で行われているという所謂「指つめ」について、承諾傷害罪・同意傷害罪という犯罪はなく、子分が自分で指をつめるのではなく兄貴分が手伝って子分の指を切り落とせば兄貴分は傷害罪と考えるべきであろう。更に不治の病に侵されて死んだほうがマシなくらい激しい苦痛に見舞われている死期間近の病人が、死なせて欲しいと申し出たとき医師は応じて良いかいわゆる安楽死の問題もある。
この様に被害者の承諾・納得がある場合でも、法的には考えなければならない側面が色々出てくる。これらを一般の人対象の本ホームページで必ずしも十分な解説が出来る訳ではないが、今後は折に触れマスコミで取り上げられたりする裁判例(民事や刑事の分野を問わず)について、一般の方々にどこが問題か考える視点を提供するという形で解説して行きたい、と考えている。将来、裁判員になったときの素養として生きるかも知れないし…。