少し古いが直木賞受賞の短編集。それぞれ傾向の違う浅田節が存分に楽しめる小品が8編収めてある。
小道具として超常現象が出てくる短編が数編あるが、目玉はそこではないので、非現実的だからといっても全く気にならない。要はそこに描かれてある人間像である。というか短編ばかりなので人間の断片というか。
解説によると、この短編集の中でどれを随一に推すかで人それぞれ意見が分れるそうだが、私自身は、「ラブ・レター」が良かった。もちろん他の短編も秀逸なのだが、この「ラブ・レター」は、新宿歌舞伎町のチンピラと不法入国の中国人女性との話なのだが、中国人女性の不正確な日本語の手紙とそれに感応するチンピラの気持ちが哀切極まる。私などには、大げさに言うと涙無しには読めない。
ただ確かに涙腺の刺激点には個性があるだろうから、他の短編で泣く人がいるのも大いに肯ける。人情話というと湿った感じになるが、そこはやはり手練れの著者である。いかにもお涙ちょうだいという仕上がりのものは一つもない。スタイルは短編毎に変化があるが。
著者の長編は数編読んでそれぞれ感動したが、短編も確かな力量で感動させる。大した作家である。