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2008.03.08(土)

劇画「ヒットラー」

水木しげる

「マンガ日本史」とか「マンガ日本経済入門」の伝でいえば、「劇画ヒットラー伝」である。著者は「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な水木しげる先生。

第1刷が1990年7月31日で、私が購入したものが第21刷で2007年11月5日発行だから、20年近く版を重ねていることになる。では、それほど版を重ねる内容か、というと、ウーン、疑問が残る。多分、第二次世界大戦の張本人とも言え歴史上の超有名人の伝記がマンガで読めるという安直な発想(恥ずかしながらこれは私の動機そのものだが)から買う人が多いのではないか。

ヒットラーないし第二次世界大戦についての世界史的知識は高校時代に習ったが、ヒットラー個人については私自身は何も読んだことはない。ヒットラー自身の代表的著作とされる「わが闘争」もである。だから、ヒットラー個人の伝記がマンガ(劇画)で読める、しかもそれが私の敬愛する漫画家のお一人である水木先生の筆になるというのであるから、書店で見かけたとき思わず買ってしまった。

絵はとてもいい。人物の飄々たるデフォルメ、点々を多用したヨーロッパ風景(特に後者は美大出の先生の面目躍如)、いずれも水木ファンの期待に応えるものである。

しかし、ストーリーというか史実の取り上げ方となると、いかがか。芸術家志望だったヒットラーという視点は良いにしても(というか史実だったのだろうから)、ユダヤ人差別と虐殺という視点が余りにも弱いという気がする。ユダヤ人に対する差別発言などは確かに多数引用されているのだが、言葉として差別するのと政策として虐殺するのとでは格段の違いがある。ユダヤ人虐殺を十分に描かないのでは一面的との謗りを免れないだろう。私自身は現在のイスラエル政府に賛同するものではないが、ユダヤ人虐殺があった歴史的事実は動かないし、それを不問に付したり過小評価するのでは現代史の視点も獲得できない。本書は歴史教科書ではないにしろ、「伝記」と銘打つ以上は史実の評価に対する姿勢は批判に晒される。

ただ、ヒットラーの個人史の「一部」を知りたいという人には、読み易い劇画ではあるだろう。


水木しげる<br />ちくま文庫
ちくま文庫
520円+税