ピカソが描いた反戦画として世界的に有名な「ゲルニカ」について考察した書である。敢えてジャンル分けすれば美術評論とでも呼ぶことになるか。
しかし、一枚の絵を巡ってここまでの論と考察を展開する或いは出来るのは、私からみれば驚嘆に値する。しかも言わば美文である。視覚から感動を与えようとする絵画について、言葉でここまで表現できるのは大したものだと思う。
例えばゲルニカで描かれる場面全体を通して
「神の無時間的遍在を表す言葉(オムニ・プレゼンツ)が想起される。時間は無時間性と瞬間性の大きな振幅の中でいわば混乱させられている。場面は室内でも屋外でもある。いわば可能態として、時間は動揺し、場所性も動揺する。
ゲルニカの街の一角でもありうるだろうが、宇宙論的スケールを持ったどこでもありうる場所。血なまぐさい戦争画でもあるが、明と暗、善と悪の象徴的対立の場でもありうる場所。」
全書ゲルニカについて、美術史的な考察や文明論的な考察を経て、著者は結論的にこう書く。
「だから私たちは『ゲルニカ』に異質なものを感じながらも惹かれて行くのだ。『ゲルニカ』は頑なにコード化を拒み続けてきたと言ってもよい。『ゲルニカ』は絵画である前に一つの「ものそのもの」として厳然とあり続けてきたのだ。ここにこそ、『ゲルニカ』のアクチュアリティーはある。このような事態を前にして『ゲルニカ』の様式、イコノロジー、オリジナリティーを問うのは不毛である。
そして私たちは『ゲルニカ』を前に動揺する。『ゲルニカ』の生々しさに戸惑い、改めて「ものそのもの」の、すさまじい実在感に圧倒される。そして戦争の時代の不安に怯え、恐怖し、その不安がこの時代に生きることの不安を、恐怖を顕在化させる。
そして、これこそが、芸術の力である。」
他の画家や歴史的美術作品の図版も多数挿入されていて理解はしやすいが、惜しむらくはモノクロである。ただ、これをカラー印刷していたら新書には収まりきれなかっただろう。その意味では、中身の濃い新書である。