最高裁は、平成18年1月17日、公園内の公衆便所の外壁にラッカースプレーでペンキを吹き付け「戦争反対」等と大書した行為が,刑法260条前段にいう建造物の「損壊」に当たるとした。
最高裁が認定した事実は、以下の通りである。
「本件建物は,区立公園内に設置された公衆便所であるが,公園の施設にふさわしいようにその外観,美観には相応の工夫が凝らされていた。被告人は,本件建物の白色外壁に,所携のラッカースプレー2本を用いて赤色及び黒色のペンキを吹き付け,その南東側及び北東側の白色外壁部分のうち,既に落書きがされていた一部の箇所を除いてほとんどを埋め尽くすような形で,「反戦」,「戦争反対」及び「スペクタクル社会」と大書した。」
「その大書された文字の大きさ,形状,色彩等に照らせば,本件建物は,従前と比べて不体裁かつ異様な外観となり,美観が著しく損なわれ,その利用についても抵抗感ないし不快感を与えかねない状態となり,管理者としても,そのままの状態で一般の利用に供し続けるのは困難と判断せざるを得なかった。ところが,本件落書きは,水道水や液性洗剤では消去することが不可能であり,ラッカーシンナーによっても完全に消去することはできず,壁面の再塗装により完全に消去するためには約7万円の費用を要するものであった。」
この認定事実を前提に、最高裁は以下の様な判断を示した。
「本件落書き行為は,本件建物の外観ないし美観を著しく汚損し,原状回復に相当の困難を生じさせたものであって,その効用を減損させたものというべきであるから,刑法260条前段にいう「損壊」に当たると解するのが相当」
日常用語の感覚からすると「損壊」とは物理的に壊すこと、要するに壁であれば穴を開けたり倒したり削ったりというイメージであるが、刑法上は、それに限られないことになっている。例えば、大審院という戦前の最終審裁判所が「損壊とは、物質的に建造物の形態を変更又は減尽するだけでなく、事実上その用法に従い使用することのできない状態にいたらせた場合をも包含する」という判例を残している。その伝で、例えば戦後の最高裁でも「いわゆる闘争手段として、多数のビラを密接集中させて建造物に貼り付ける行為は、その効用を減損するものであり、建造物の損壊にあたる。」と判示しており、今回の判決もその路線を踏襲するものと言える。
この問題は、憲法上の表現の自由と財産権の衝突という捉え方もできる。すなわち、「戦争反対」を表明する手段として、他人の財産を侵害してよいかという問題の立て方である。他にも沢山の落書き行為があるのに、落書き内容に着目して表現の自由を抑圧しようという目的を持って、建造物損壊罪で検挙し起訴するのであればこれは日常用語でいう思想弾圧に近い。本件でもその様な背景がなかったのか、疑問の余地がないではない。同じ様にサラ金や営業目的のチラシ配りがあるのに、最近、イラク派兵反対のビラ配りのために宿舎の郵便受けのある箇所に入ったことが住居侵入罪に問われたりしており、当局の動向を見守る必要があると思っている。