第二次大戦中に建造された軽巡洋艦「橿原」(かしはら)の航海における一連の事件が語られる。この航海は、日本の敗色濃厚となった時期の昭和20年に戦艦「矢魔斗」と共に出航する。この「橿原」の任務がまず謎である。そして「橿原」の中の艦底<内5>倉庫に保管されている何かがわからない。そして、この艦底<内5>倉庫近辺で何件かの殺人や自殺事件が起こる。
それらの謎を含めて、表題にも「殺人事件」と謳ってあるので、推理小説かと思うと、確かに謎解きもあるので推理小説の側面はあるが、非現実的要素もあって、且つ思弁的要素もあって、この小説の性格は一言では収まりきれない。敢えて言えば「戦争小説」だろうが、戦闘シーンは僅かしかない。それに対して登場人物は軍人と兵隊で、女性は一人も出て来ないからやはり「戦争小説」だろう。
また、叙述形式も「俺」が語る一人称形式、神の視点というか三人称というか通常の小説形式、夢幻的な内容の戯曲形式と、多様である。それも本小説を語りにくくしている。
テーマは戦前と戦後の「日本」と言って良いだろう。その「日本」が上記の通り多様な性格・多様な形式、あえて言えば自由に語られ、その思弁には考えさせられるものが多い。戦前信じられていた神国日本と幻想として語られる戦後の日本が対比され、それを貫く天皇についても偽者だの双子の兄弟がいるだの荒唐無稽の想像が交えられ真相はわからない。
特に末尾部分の「橿原」内で繰り広げられる狂躁的な各種の場面は、当時の日本の象徴なのだろう。そう考えると、この狂躁を超えた戦後の日本の繁栄とは何なのか色々と考えさせられる。「日本」とは何か、「戦争」とは何か、著者の幻惑的な語りに乗せられて様々に考えが飛んでゆく小説である。