甲能法律事務所甲能法律事務所
検索

メディア評インデックス

2006.08.17(木)

回想 沈黙の団塊世代へ

かわぐちかいじ

劇画家かわぐちかいじ先生の自伝である。

かわぐち先生は、「沈黙の艦隊」という劇画が大ヒットした。

「沈黙の艦隊」をご存知ない方のために極めて簡単に粗筋を書く。

海上自衛隊が米海軍の協力を得て最先端の技術を用いて最強の原子力潜水艦《やまと》を製造・進水させるのだが、米国から日本への航海を任された海江田艦長は、途中で部下と共に《やまと》を乗っ取り、《やまと》自体が独立国家となるという「独立」を宣言する、という奇想天外な展開となる。もちろん日本始め米国・当時のソ連(週刊誌連載中にソ連が崩壊し劇画の後半ではロシアとして登場)が独立国家《やまと》を承認する筈もなく、《やまと》撃沈へ向けて各国海軍が派遣され、主役が原潜であるから海面と海底での壮絶な戦闘シーンが極めて迫力ある筆致で描かれる。更に戦闘シーンだけでなく、《やまと》を巡る米ソと日本、更には国連を舞台にした政治的駆け引きも同時展開するポリティカルサスペンスの側面もある。そして、様々な展開はエンターテイメントという側面だけでなく、日本とは、国家とは、軍備とは、国連とは、政治とは、といった問題提起が読み取れ、中々に刺激的である。これは少年マンガには出来ないワザと言わざるを得ない。私の尊敬する手塚治虫先生にも無理だと思う。性格が違うからである。

なお残念ながらかわぐち先生の別のヒット作「ジパング」は、私は読んでいないので、内容を紹介できない。ご了承願いたい。

かわぐち先生が何故この様な劇画を書くに至ったかが、本書を読むことにより良く理解できる。いわゆる団塊の世代の一員としての自分史を、双子の弟さん、ご両親、ご自分の学生時代などを通じて語り、そこでの時代風潮ないし世代的気分すなわち一種の反権力・アウトロー肯定という気分について、自省を込めて分析する。

私は団塊の世代の弟分に相当すると思うが(文章中に私と同じ年生まれの編集者がそう自己規定している)、ほぼ先生の叙述はフォローできる。理解困難・共感不能という箇所は殆どない。ただ、だから先生の提示する国家像を私が100%肯定するかといえば、それは別の問題である。そのことを詳細に展開するには、今一度「沈黙の艦隊」を読み直さないといけないので、別の機会にしたいと思う。

いずれにしても、確かに団塊の世代の代表的な性格を現す書だと思うので、共感するにせよ批判するにせよ、団塊の世代の方々ご自身のみならず別の世代の方々も一読の価値はある。


かわぐちかいじ<br />ちくま文庫
ちくま文庫
680円+税