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2008.02.21(木)

珍妃の井戸

浅田次郎

前々回の書評「蒼穹の昴」の続編であるが、前作を読まなくても解るようには書かれてある。しかし、前作を読んでからの方が味わい深いのは言うまでもない。

前作の時代背景、「戊戌の政変」(清朝を列強諸国から守るために日本の明治維新を範に近代的な立憲君主制国家に再編成しようとして失敗した政治変動)を経て、その間に「義和団事件」があり、という時間の流れで、前作の登場人物がなお生き生きと本作で躍動する(尤も前作の主人公である李春雲・梁文秀は殆ど顔を出さないが)。

この間に、「戊戌の政変」の一方当事者であった光緒帝の美しい側室の珍妃が死ぬ。その死について、当時、清国での権益を争っていた列強のうち王制国家であった日英独露の4カ国の貴族が原因調査にあたるという設定である。

浅田ファンには御馴染みの登場人物の独白スタイルが繰り返される。その独白スタイルで語り手の個性・経歴・ものの見方考え方が、作為的ではなくて自然に流れ出す手法は見事であり益々磨きがかかっている気がする。そして、自分自身と自己の記憶を語る登場人物が、それぞれに個性的で存在感がある。時代に翻弄されながら懸命に生きるその姿は、月並みな表現しか思いつかないが感動的と言うしかない。

ただ、確かに死因調査の経過が書かれて途中までミステリーとして読めなくはないが、本の帯にある「誰が珍妃を殺したか?」という謳い文句に対するミステリー的な回答を期待しては間違うだろう。作者は、ミステリーを書こうとしたのではないのだ。滅び行く国の中で翻弄される人間達の悲劇を書こうとしたのだから、答えを期待するような読み方では肩透かしを食らうに違いない。

「蒼穹の昴」に比べると短いので、「外伝」的な位置づけになりそうではあるが、いずれにしても読み応えがある。


浅田次郎<br />講談社
講談社
1600円+税