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2008.02.05(火)

蒼穹の昴

浅田次郎

清朝末期を舞台に繰り広げられる壮大な叙事詩といえば良いか。文庫本にして全4冊、長いが遂々読んでしまう。

科挙の試験に合格し高級官僚となる梁文秀と、宦官となってこちらも宦官の位を極める李春雲の二人の主人公を軸に話が進む。この二人の主人公と多彩な脇役がいずれも魅力的である。私は歴史小説は、どこか偉人伝的で特にその登場する偉人についてのご高説にどこか説教臭が纏わり付いて興が殺がれるという思い込みがあって敬遠してきた。しかし、本書はほんの出来心で手に取ってみたのだが、説教臭などどこにもなくて、主人公も偉人的ではなくて人間的魅力に溢れ、実に面白かった。

更に、ここに描かれる当時の清時代の風俗や制度も、大変に興味深い。

例えば、科挙とは中国に長く続いた官吏登用試験で合格できないまま一生を棒に振る受験者も多かったという高校の世界史程度の知識はあったが、本書で実に詳しく書かれていて、唖然とする内容である。私が司法試験を受験していた当時、その難関の評判ゆえに司法試験のことを現代の科挙と呼ばれたりしたこともあるが、多分、科挙の壮絶さは司法試験の比ではないようである。例えば科挙は3年に一度しか行なわれないこと一つをとってみてもそうである。

或いは宦官も世界史程度の知識はあって、つまり「男性ではなくなった男性」が宮仕えをする訳だが、どういう経緯で宦官になり更にはどういう手術で男性ではなくなるのか等も、リアルに描かれていてまぁびっくりする。

「壬生義士伝」以来、私の様な者には、浅田次郎氏の才能には驚嘆するばかりだが、この長い小説がいつまでも終わらないでいて欲しいと思って読み進めてしまう。

続編があるので、また挑戦しよう。

最後に、一つ気に入った言葉があるので、引用する。主要な登場人物の一人、李鴻章将軍は、一日の仕事を終えると、崇拝する乾隆皇帝の像と私淑する曾国藩将軍の写真を前に拝跪した後、必ずこう独白したそうである

「臣、李鴻章、ただいまつつがなく仕事を終えました。未だ力は五体に満ち、気は横溢いたしおりまする。どうか次なる命をおくだし下さりませ」

私には崇拝する皇帝も私淑する将軍もいないが、毎日この様な仕事の終わり方ができたらなぁと思ってしまった。


浅田次郎<br />講談社文庫
講談社文庫
1巻〜4巻 各590円+税