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2007.10.21(日)

グッド・シェパード

ロバート・デ・ニーロ監督 マット・デイモン主演

重厚なスパイ映画である。スパイ映画といっても、私が日ごろ見ているB級アクション映画とは全く趣が異なる。人が死ぬ場面はあるにはあるが(それも僅かなシーン)、いわゆるアクション・シーンは全くない。緻密な頭脳戦を的確に描き切るといった感じである。

第二次大戦中に組織されたCIAの前身、戦略情報局(OSS)にスカウトされた名門イェール大学のエリート、エドワード・ウィルソン(マット・デイモン)が主人公。スカウトされる前の学生時代から、CIAがキューバへの上陸作戦に失敗した1962年までのウィルソンの情報活動の仕事と私生活を描く。

キューバへの上陸作戦失敗は実話であるが、ケンブリッジ卒のイギリス情報部のホープなど実在の人物を彷彿とさせる。スパイ小説を濫読した人間なら、展開されるエピソード自体は取り立てて珍しくはないし、ドンデン返しもある程度は予測がつく。そういうスパイ物語に関してはスレッカラシの観客でいることは余り面白くはないが、やはり落ち着いた映像で綴られる物語は、心に響く。デ・ニーロ監督の腕なのだろう。

マフィアに援助を求めに行った主人公とボス(イタリア系)の会話が印象的である。うろ覚えで再現すると

ボス「イタリア人には家族がある。イギリス人には歴史がある。フランス人には恋がある。黒人には音楽がある。あんたらには何があるんだ(何もないじゃないか)」

主人公「アメリカ合衆国への忠誠心がある」

何かの本で、アメリカ人は国家が大好きだと読んだ記憶がある。確かに法律で国や国旗・国歌への愛着が育てられると信じる馬鹿のいる国とは大違いだが、国家のために国民がある訳ではなくて、国民のために国家が存在する。だから、国民の私生活の幸福のために国家こそが奉仕しなければならないので、国民が私生活を犠牲にして国家に奉仕する義務はない。これは私の信念である。だから、この映画のラストは私の信念と相容れない。

「グッド・シェパード」とは「良き番犬」或いは硬い訳語をあてるなら「護民官」という意味かと思っていたら、聖書から引いた言葉で「良き羊飼い」を意味するキリストの言葉だそうである(私の理解も、それ程はなれてはいないが)。「良き羊飼い」としてアメリカ国民を守ろうとするのが主人公の基本スタンスである。ただ、登場人物のロシア人にこうも言わせる「ソ連は腐っている。あんたらが言う程すごい国じゃないんだ。しかし、ソ連が怖い国じゃないと、あんたら軍産複合体が困るんだ」。そういう視点の相対化も施してあるので、一筋縄では行かない。

終始、沈痛な面持ちのマット・デイモンも確かに良い。しかし、私が男だからか、上院議員の娘で、主人公と結婚する直前の奔放で華やかな性格と、一人息子の安全を願い目の下に隈をつくる疲れた中年女を演じ分けるアンジェリーナ・ジョディがいい。


ロバート・デ・ニーロ監督   マット・デイモン主演<br />東宝系
東宝系
10月20日〜