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メディア評インデックス

2007.09.10(月)

反転 闇社会の守護神と呼ばれて

田中森一

東京地検特捜部のエリート検事(著者はエリートの意識は余りなかったように見えるが)から弁護士に転進し、転身後は暴力団などの闇社会の住人の刑事弁護を担当する等しながら、現在の時点では詐欺事件に巻き込まれて被告人として起訴され、実刑判決を受け上告中の身という、文字通り波乱万丈の半生を生きている著者の自伝である。

波乱万丈であるから大変に面白くはある(確かに「巻を置くあたわず」という感がある)。しかし、法を司るという意味で、これが本当に検事か、これが本当に弁護士か、法律家というのはこんな人種かと思われるのでは、些か困る気がする。

自白を証拠とする場合は、その自白が脅迫や誘導・騙し等によって導かれたものではなく、任意になされたものでなければたとえ内容が真実であっても証拠に出来ないのが刑事訴訟法の建前である。捜査段階の自白が任意なのか捜査側(警察・検察庁)に強要されたり騙されたりした結果の自白なのかは否認事件(俺はやってないという意味の否認)の刑事裁判では常に争われる。そういう中で、本書で著者はどうやって検事が被疑者から自白をとるかを率直に語る。弁護士の私からすれば、やはり任意性に問題ありとしか言えない。

ただ、その問題もあるのだが、検察庁上層部の事件つぶしに関する内容は、これが事実であれば大変に問題だと思う。実名を挙げて書かれてあるので、多分、嘘ではないのだろう。しかし、政治的な配慮や身内意識で捜査したりしなかったり起訴したりしなかったりというのが事実であれば、その恣意性は当然に厳しく批判されなければならない。検事を辞めたくなるのも当然だろう。

一方、弁護士転進後の著者の生活の派手さは、私の様な一介の田舎弁護士からすれば、あきれるばかりである。特にバブル期には自家用ヘリコプターを購入する等とても私の生活の比ではない。ま、高額所得者の弁護士(当然私は含まれない)は日本全国に沢山いるので、そのこと自体は批判の対象にはならない。しかし、著者が偽証や虚偽の事実で依頼者を守ろうとするのは弁護士なら誰でもやっていることだと受け取られかねない意味のことを書いているのは、少なくとも私の知る限りでは間違っていると思う。恰も「法の抜け道」を指南するのが弁護士の仕事であるかの様な記載はとても認められない。或いは、そうしないと著者の様な収入は上げられないのかもしれないが。

検事・弁護士という法律家としての著者の半生を読むのは面白いが、その過程で政治家が実名で何人も登場する。暴力団との繋がりも率直に語られる。何だか金に群がる連中の浅ましさに辟易する部分もある。権力のトップと社会悪のトップとに繋がりが見られるのは、どうにもやりきれない。しかし、その様な感想は著者から見れば表社会と裏社会の現実を知らない青臭い書生論なのだろう。

この様に社会的な正義(検察庁)と悪(暴力団や詐欺師集団)との両極と深い関わりを持った著者の人格に大変興味が湧く。そして、本書でもそれなりに著者自身が自己分析をしておられるが、今一つ理解できないところがある。或いは共感できないというか。

ただ、いずれにしても面白い本である。


田中森一<br />幻冬舎
幻冬舎
1700円+税