日本SF界の泰斗、日本にショートショートを根付かせた第一人者、星新一(本名星親一)の伝記である。
実は、星新一ショートショートは余り読んだ記憶がない。本書でも触れられているが、星新一ショートショートは少年子供向けの現代の寓話という位置づけがある時期からされるようになって、私が星新一の名を知るようになった昭和40年代後半頃からその傾向が強くなったのではないかしら。生意気盛りの高校生の私が子供向けの本なんか読むもんかと思っていた時期と重なる。わかりもしないのに家にあったドストエフスキーなんてのを、したり顔で読んでいた時期だったが、その一方で手塚先生の鉄腕アトムの影響で早川書房のSFマガジンを購読しており、その雑誌に時折、星ショートショートが掲載されていたと記憶する。ただ余り覚えているショートショートはない。
星新一という方は、大変なお金持ちの坊ちゃんだったというのは以前何かで読んだ記憶があったが、本書を読むと、その辺り星家(というより戦前から戦後一時期までの大会社であった「星製薬」)の勃興と没落がよくわかり、特に没落の時期に代表者の跡を継いだ星新一の苦労・辛さがよくわかる。その後に、作家に転進するのだが、帯にある「憧れて小説家になったのではない。それ以外、道は残されていなかった」という辺りが、詳述されている。日本SF界の勃興期の星新一の登場と参画も良く取材してあり、十分興味を引く。
ただ、売れっ子作家にはなれたが、文学者としてというか作家としてというか業界や世間の評価については不遇で、直木賞をという声もあったそうだが、結局、名のある賞は受賞していない。ここら辺りが悲しいのだが、いわゆる物書きになった以上名のある文学賞をやはり星新一は欲しかったらしく、その辺の屈折した想いが様々なエピソードから炙り出され、胸が痛む。
同じ様な意味で、一時期はSFなり非現実的な設定の小説の分野で安部公房氏と並び比較されていた時期があったが、ある時期から安部氏はノーベル文学賞まで云々され、星氏は子供向けの寓話作家というレッテルが貼られてしまうということになった。作家は好きなこと書いて暮らしてりゃ良いんだから良い商売だよなぁなんて憧れていた私は、本書を読んで、あのSF界の巨匠にしてからが辛い人生を送ったんだから、作家もそう楽じゃないよなぁと改めて思った次第。
一つだけ覚えているショートショートがある。もちろん細部は忘れたので、以下の再現は相当不正確だと思う。
ある星に地球人が遭難する。その星では外出するときにドアに鍵を掛けない。無用心だなぁと心配する地球人に、何が問題なのだ、とその星の生物が地球人に聞く。「だって、泥棒に入られたら大変じゃないか。」「泥棒って何だ。」「人の物を黙って盗ってゆく奴さ。」「何だって人の物を黙って盗ってゆくんだ。」「だって自分で汗水垂らして働くより、人が働いた成果を盗る方が楽じゃないか。」「あぁ、なぁるほど、そういう考え方か。確かにそうだね。これからは、そうしよう。」ということで、その星には窃盗が蔓延することになってしまった。